交換日記ブログ「里の茶店 万年貸切部屋」の中から、
里長・野間みつねの投稿のみを移植したブログ。
2008年6月以降の記事から、大半を拾ってきてあります。
 

2008年10月アーカイブ(古→新)

「え、えーっと、あれはその、別に蹴飛ばそうと思ったわけではなく、人攫《ひとさら》いから逃げようとじたばたしてたら偶然に当たっただけで」
 ソフィアは動揺から来た姿勢の崩れを素早く立て直し、ぺこりと頭を下げた。
「その節は、申し訳ありませんでした。まさか、陛下に助けていただいていたとは夢にも思わず。……はぁ、何だか今日は、さっきから謝ってばかりです」
「必要が生じれば適切に謝罪するのも、国を代表して他国へ使いする者の大事な役目の内だ。……そうか、あの時の生意気な子供が、そなたであったか」
 ララドはニヤリと笑い、額冠を嵌め戻した。
「他人《ひと》のことは言えぬが、何ゆえ、使節に随行していた身で下町などに出ておった」
「あの、随行という大袈裟な立場ではなくて、おまけ扱いです。それこそ、胴名《どうな》も持たぬ子供ですから」
 胴名とは、十歳の誕生日に付けられる名前である。ソフィア・カデラ・レグの場合、“カデラ”がそれに当たる。ミディアミルドでは、この胴名が付くまでは、結婚も出来ない子供と見做されるのである。
「で、あの時は、デラビダの町に入った折に、物凄く美味しそうな匂いを馬車の中から嗅ぎまして、それで、宿所に落ち着いた後、拝謁の為の登城の支度などで忙しい皆の目を盗んで、こっそりと抜け出したんです。何しろ小さな子供でしたから、抜け出しても見咎められにくかったようです。……まあ、その時の宿所が、客人の為の西の離れが大改装中とのことで使えずに、町中に置かれていたから出来たんだろうなと、今では思います。警備の厳重な城から見咎められずに抜け出すなんて、まず無理ですから」
 現在のミディアミルドでは、他国からの使節など、王城を短期滞在の予定で訪れた客分の者は、王城の敷地内に建つ西の離れに宿泊するのが、何処の国でも通例である。
「着ているドージョの飾りは全部取って、いいところの子供だとわからないようにして……なんて子供なりに色々考えて外へ出たんですが、今考えれば、本当に浅はかでした。幾ら飾りがなくたって、見る者が見れば、下町に住む庶民が着るような布地のドージョではない。いいところの子供に違いない、身代金が取れるか、それとも他国に売り払えるか、と人攫い達が目を付けたのは当たり前ですよね」
 ソフィアは苦笑した。夕闇迫る下町へ出て、お目当ての匂いをさせていた店を探している内に、親切めかした若者ふたりに人気のない路地裏に連れ込まれ、危うくそのまま拉致されそうになった。そこを助けてくれたのが、たまたま通りすがった“喧嘩の強いお兄さん”だったのだ。……ただ、乱闘の最中、人攫いの手から逃げ出そうとしたソフィアの蹴りが間違ってその助けてくれた“お兄さん”の額に入り、なまじ質のいい底を持つ靴だったばっかりに流血沙汰となったのは、不幸な事故ではあったが……。
「……人を疑うことを知らなそうな見目佳《みめよ》い子供が、他国訛りの強い、如何にも怪しげな大人ふたりと細い路地へ向かったのを見たから、これは危ないと後から入っていったまでのこと。……マーナの民が目の前で不埒者に踏みにじられようとしている、助けられるものなら助けてやりたいと、腐ってもマーナの王太子、つい義憤に駆られたものでな。……ただ、今更わかっても仕方ないが、助けてみればマーナの者ではなかったとはな」
「しかも暴れ回って額は蹴飛ばすわ、助けられたくせに変に生意気なことを言うわ……ですか」
 ソフィアは若干恐縮したように首をすくめた。


名前の話

 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 第十四回では、“胴名《どうな》”という概念が登場します。
 ミドルネームのようなものですが、完全にそうとも言えないので、ちょっとだけ説明しておきますね。

 ミディアミルドの“大地の民”の文化圏では、人の名前は、三つの部分から成ります。
 頭名《あたまな》、胴名、家名《いえな》です。
 物語の中ではソフィア君が例に採られているので、こちらでもソフィア君を例にしておきますと、頭名が“ソフィア”、胴名が“カデラ”、家名が“レグ”、となります。ちなみに、“ソフィア・カデラ・レグ”という全体を、総名《そうな》と称します(苦笑)。
 頭名は、生まれた時に付けられる名前です。呼び掛けに使われることも多い、生涯を通じて大切な名前です。
 胴名は、物語の中で説明した通り、十歳の誕生日に付けてもらう名前です。普段は余り呼ばれることはありませんが、結婚に際して嫁入り・婿入りした側が、“ソフィア・カデラ”のように、頭名+胴名で呼ばれるようになります。これを嫁名《よめな》と称します。
 家名は、その家の者が代々次いでゆく名前です。結婚に際して他家へ嫁入り・婿入りしても変わることはありませんが、嫁名で呼ばれるようになる為、頭名に家名を付けて呼ばれることは殆どなくなります。

 それでは、また次回。


「ですが、陛下こそ、単身で下町を歩かれるとは、王太子としては余り褒められないお振舞ではなかったかと」
「確かにな。だが、本当に我が身に危機が及ぶ事態と見れば、恐らく、何処かで見張っていたジャナドゥ達が手を出したことだろう。我が父は、我が不品行は或る程度まで黙許しても、きっちり監視は付けておったようだからな。まあ、そうだろうと半ば承知していたからこそ、色々と無茶も出来たのだ。幸い、ジャナドゥ達が割り込むような事態になることは、一度もなかったが」
 ララドは少しの間、遠いものを見るような目を見せた。
「……だが、あの子供が、今はこの青年か。まだまだ若いつもりでいるが、いつの間にか年を取る筈だ」
「恐れ入ります」
 ソフィアは軽く頭を下げた。
「あの時は結局、あの後暫く一緒に回っていただいたのに、お目当ての店を見付けられず仕舞でした。折角思い出したので、あの時の匂いを求めて、明日にでも下町に足を向けてみようと思います」
「ほう」
 ララドは、何を思い付いたか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……面白い。あの日の続きか。わしも同行しよう。無論、お忍びでな」

 翌日──
 朝の練兵を終え、水浴びと着替えを済ませたタリー・リン・ロファは、近衛府の厩に自分の乗り馬を引き取りに来たところで、近衛副長であるノーマン・ティルムズ・ノーラから呼び止められた。
「おい、タリー。ナカラ隊長がお呼びだったぞ」
「隊長が? ……何だろう。何か聞いていらっしゃいますか」
「いや。単に、呼んでいると伝えてくれってな感じだった」
「そうですか……済みません副長、でしたら今日は、先に帰っていただけますか」
「おう。じゃ、また明日な」
 特に訝ることもなく、ノーマンは手を挙げて去る。
 残されたタリーは、小首をかしげて考え込んだ。如何に一等近衛とは言え、何の役にも就いていない自分が、何故、隊長から名指しで呼び出されるのか……色々考えてみるが、答の手掛かりが見付からない。
(……特に妙な失敗もしていない筈だし)
 ままよ、とかぶりを振り、近衛隊長の執務室へ向けて歩き出す。
「おお、タリー一等近衛。呼び立てして済まなかったな」
 ひとたび戦場へ出た時の勇猛果敢さから“猛将”と渾名《あだな》されるものの、部下達に対しては必要以上の厳しさを向けることのないナカラ・ソニ・マーラル近衛隊長は、“温和な紳士”とも評されている童顔の一等近衛兵が姿を見せると、執務机から離れて歩み寄ってきた。
「いや、急な話だが、陛下が、貴官をお召しだ」
「──陛下が!?」
「今すぐ私室の方へ参上するように、との御下命であった。なお、参上した先で見聞きすることは他言無用とのこと。無論、近衛隊長たる私に対しても、とのことだ」
 全く予期していなかった展開に、さしものタリーも茫然となった。
「何故私などを陛下が……特段の役に就いているわけでもございませんのに……」
「……タリー。貴官は、仮にも一等近衛だぞ。このマーナで、一等近衛と呼ばれることを許されている人間が、一体どれだけいると思っておるのだ。他国ではいさ知らず、マーナ近衛隊で一等近衛に任じられるのは、掛値なし、隊内でも水準より遙かに腕の立つ者だけだ」
 ナカラが苦笑混じりにたしなめる。この頃マーナで一等近衛に任じられていたのは、第一から第七までの各中隊の長を含めて十七名。過去に目を向けても、約七百名で編成される近衛隊全体の中で二十名を超えたことは一度もない。マーナ近衛隊に於いて、一等近衛兵への道は、それほど“狭き門”なのである。
「貴官はどうも、自分の力を過小評価して卑下する癖があるが、余りに度が過ぎると却って嫌みになるぞ」


何でこんな展開に(汗)

 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 えー、第十五回です。
 ……なっ、何ですとっ、ま、まだ遊ぶ気なんですかぃあんたらわっっ、とゆー展開になって、みつね困りました(苦笑)。
 幾ら何でも、現役の王様&他国の使節とがふたり連れ立って下町を歩き回るなんて、幾らお忍びでも、そんな無茶なことをされては、何が起こるやら(苦笑)。

 実はソフィア君、本伝(昔のノート回覧“改訂前版”)では、“物語が行き詰まった時に出すと、不思議に物語が流れ出す”という傾向を持つキャラクターだったのですが、いやもお、物語、流し過ぎですがな(汗)。

 まあ、彼らが行くと決めてしまった以上、仕方がないので、本伝の先々での某展開(流石に内緒)を考えて、とある人物に……

 あ、その話は、また次回(笑)。


「……はい」
「それに大体、貴官が役に就いておらんのは、以前にノーマンが自分の後任の第二中隊長に推挙しようとしたのを固辞したからだと、ノーマンから聞いておる。その任に足ると前任者が認めているということは、役に就けるだけの力量があるということだと、私は考えておる。……が、まあ、今はその話はよそう。陛下をお待たせしてはならぬ。陛下の私室への道は承知しておるな」
 急き立てられるようにして近衛隊長の執務室を退出すると、タリーは、主君の私室へ急いだ。無論、今迄一度たりとも足を踏み入れたことなどない場所であるが、火急の際には直ちに駆け付けられるよう、一等近衛兵であれば誰しも、王族の私室への道順は教え込まれているものである。迷うことはなかった。
「──タリー・リン・ロファ、お召しにより参上仕りました」
 取り次がれて入室したタリーは直ちに片膝を折り、王族に対する正式な武人の礼を行なった。
「待っておったぞ、タリー・ロファ。面《おもて》を上げよ」
 主君ララド・ゾーン・オーディルの声に改めて顔を上げたタリーは、肘掛け付きの椅子に座す主君の姿と、何故かその近くで客人用の椅子に腰掛けているレーナの若き長老候補とを見て、目をしばたいた。……何処からどう見ても、彼らの着ている物は、ちょっと小綺麗ではあったが、町中に住む庶民の服装であったのだ。
「──そなたこれから、我々の護衛として付いてまいれ」
「ええっ!?」
 いきなりの下命に、タリーは危うく引っくり返りそうになった。
「わ、私《わたくし》がで……ございますか? 私《わたくし》如きで宜しいのでございますか?」
「そなたは、昨日の宴席で、このレーナの長老候補と面識が出来ておろう。面識という点で言えばノーマンやデフィラもそなたと同様だが、あれらは、腕は立つものの、どうにも目立つ。これから出掛ける先では、護衛は欲しいが、目立っては困るのだ。そなたは万事に控えめで、無駄に突出したところがなく、それでいて腕の程は確かと、ナカラから聞いておる。──のみならず、わし自身も、リーダの陰謀の一件以来、そなたの名は心に留《と》めておるぞ。それに、ノーマンと交誼を結んでおるなら、下町歩きもそれなりにしておろう。それが、そなたを指名した理由だ」
 そこまで明瞭に説明されては、タリーも、自分が選ばれた理由を納得せざるを得なかった。
 ちなみに、主君が口にした「リーダの陰謀の一件」とは、タリーが未だ三等近衛であった七年前、マーナ暦バクラ四年に遭遇した、小国リーダによるマーナ乗っ取りの企みのことである。陰謀を破るきっかけをもたらしたのはデフィラ・セドリックであったが、彼もその時、当時二等近衛であったノーマンと共に、その彼女を助ける役割を果たしていた。多くの者から「万事に控えめ」と見られていた彼が、あの時ばかりは、控えめどころか、国王・宰相・近衛隊長の三者を揃えての拝謁を今夜デフィラとノーマンの二名に賜りたい、マーナの存亡を左右する一件となるおそれが強いからと当時の近衛隊長カーモン・セロ・セリズに対し己が階級も顧みぬ直談判に及び、いたく驚かれたものである。
「着替は、控えの間に用意させておる。直ちに支度をせよ」
「はい……かしこまりました、陛下」
 タリーは神妙な顔で一揖した。どの道、近衛兵である彼には、主君が望めばその意向に従うことしか許されていないのである。
 そんな次第で──
 お忍びの貴人二名に護衛の近衛兵ひとりという組み合わせの三名は、デラビダの昼前の賑わいの中へと繰り出したのであった。

 デラビダの目抜き通りであるゾラド通りを、下町方面へと下る。


タリーさんが選ばれた理由

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 第十六回まで参りました。
 前半の展開を書いている時は、まさか後半でタリーさんが目立つ位置に出てくる展開になるとは、予想だにしておりませんでした(汗)。
 しかし、此処でタリーさんをふたりの護衛に選んだことで、「……ソフィア君が出る話だし、これはこれで、本伝の将来展開から見て、意義深いよな(笑)」という結果にはなりましたが。……あ、但し、ノート回覧の“改訂版”(将来オフセット版に順次移植予定)で新たに加えられた展開のことなんで、“改訂前版”のみの読者様には意味不明かと存じます。すんまへん(汗)。

 ……そう、作者サイドから見た“タリーさんが選ばれた理由”は、「本伝で先々待っている展開から見て、此処でソフィア君とタリーさんとが単なる面識の有無以上に知り合っておいた方が楽しそうな気がしたから♪」なのです……身も蓋もないけど(笑)。

 無論、外伝での出来事を本伝にどうやって無理なく織り込むか、という苦労を背負《しょ》い込むことにはなるわけですが(汗)。

 なおなお、「リーダの陰謀の一件」については、ティブラル・オーヴァ物語外伝集『清水の記』に収録されている同題作品で読むことが出来ますので、蛇足まで(爆)。

 では、また次回。


 通りの両脇には、いつも以上に、屋台が軒を連ねていた。最初の夫に先立たれて独り身となっていた第一王女のルディーナが此度めでたくトスタール地方──その昔、リーダと呼ばれていた国のあった地方──の領主と再婚した、それを祝う、という名目を掲げての店出しが多い。
「ルディーナ殿下は、デラビダの都人《みやこびと》に敬愛されていらっしゃいますからね」
 最初の夫であったタマカンド領主との間では子宝に恵まれず、口さがない都人からは“石女《うまずめ》”と言われてはいたが、機知に富んだ才媛であるとの評判が高く、容姿も悪くなく、何より、年頭恒例の無礼講の宴に訪れる庶民達と言葉を交わすことを全く厭わない気さくな性格であることから、都デラビダの庶民達には概ね愛されている──というのが、タリー・ロファの説明であった。
「王族に限らず、王侯貴族が庶民に接する時って、匙加減が難しいんですよね」
 ソフィア・レグは真顔で呟いた。
「下手にその身分に応じた態度を取れば、気取っていると反発される。でも、身分を問うことなく対等に扱おうとすると、威厳がないと馬鹿にされる。ただ、それも、極端に言えば、相手によって匙加減が変わるものなんですけど……そんな風に、接することの出来る機会を無礼講の宴の席だけに限定してしまうというのは、有効かもしれませんね」
「何を小難しい話をしておる。上つ方のことなど、上つ方に任せておくがいい」
 一歩先を歩く縁なし帽のララド・オーディルが、振り返って苦笑いする。それは庶民のする会話ではないぞ、ということが言いたいらしい。
「それより、昼飯を摂る店の算段をせねばなるまい」
「そうでした。……でも、お昼時って、色んな店の色んな匂いが入り混じって、何が何だかわからなくなっちゃうなぁ……今日は屋台も沢山出てるし……」
 ソフィアは、多少困惑したような表情で嘆息した。
「よく考えたら、あの時は確か夕方だったから、夕食時《ゆうしょくどき》の仕込みの匂いだったのかなぁ」
「匂いだけを頼りにしていては、お目当ての店は見付からないと思うんですが」
 武人の軽装に身を包んでいるタリーが小首を傾《かた》げる。このような“お忍び”が敢行されることになった理由は、タリーのような第三者からすれば呆れ返るような事情である筈だが、ソフィアの見る限りでは、至極快く付き合ってくれているようであった。
「他国の使節が馬車で通る時に見た……ということであれば、他国の使節を迎え入れる町の東門から王城へと続くゾラド通りから離れることはない筈です。店の外観を覚えていませんか」
「うーん……看板は上がってたんですよね」
 ソフィアは唸った。
「ただ、字までは読み取れなくて。薄暮の頃でしたから。文字自体が書かれていたかどうかも、記憶が曖昧です」
「看板の形に覚えはありますか」
 タリーが更に問を重ねたその時、うわっという喚声が行く手で上がった。「やれやれー!」とけしかけるような大声も聞こえてくる。
「──喧嘩か?」
 足を止めたララドが呟く。喚声の起こった方へと野次馬が急速に集《たか》り始めているのが見えた。


う、うそぉ……(滝汗)

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 のたのたと平和に始まった、第十七回。
 ……ええ、誓って言いますが、今回の前半分、否、看板がどーのこーの、という話を書いていた時までは、次の展開、全く予想していませんでした。

 しかし。

 タリーが更に問を重ねたその時、うわっという喚声が行く手で上がった。「やれやれー!」とけしかけるような大声も聞こえてくる。

 するっと、この件《くだり》が滑り出てきた瞬間、この後で誰が出てくるかが、わかっちまったのです。


 ぐぁー、ぬぁんで、君まで登場するのじゃぁー(泣笑)。


 という訳で、以下、次回(爆)。


「流石は武の都、デラビダは活気がありますねえ。走っていく人が、何だかみんな楽しそうですよ」
 邪気なく応じたソフィアは、不用心なほどの足取りで騒ぎの方へと歩き出した。思わず制止しようとしたタリーを、ララドが止める。
「折角このような場に来ておるのだ。騒動に巻き込まれん程度に好きにさせてやるが良かろう。護衛のそなたには酷な話だがな」
「……ということは、先生も向かわれると」
 タリーは小さな苦笑いを浮かべると、当然とばかりに頷いてソフィア青年の後を追うララドの後ろに従った。「先生」とは無論、「陛下」とは呼び掛けられないが為に代わりに使っている言葉であった。
 ひと足先に騒ぎの輪に辿り着いたソフィアが、野次馬達の間にするりと潜り込む。続いて、ララドとタリーも。……騒ぎの中心となっていたのは、どうやら、昼間から酒の入っている兵士達であるらしい。デラビダでは珍しいことではないとも言えたが、野次馬が集《たか》るだけの見物《みもの》となっていた理由は、すぐにわかった。肩掛け布《コープ》から察するに武人らしいが丸腰の青年ひとりと、こちらはタリー同様に武官の軽装を身に纏っている──つまり腰に短剣《アラリラン》を帯びている──兵士三人とがやり合っていて、しかも青年の方がどう見ても有利に戦いを進めていたのである。
 ……否、よく見ると、立っているのは三人だが、既に石畳に蹲って呻いている兵士も四人いる。ということは、最初は一対七であったらしい。
「……正規隊の兵か?」
「そのようですね。あのアラリランの拵えは官給品のものです」
 主従が小声で囁き交わした時、遂に兵士達がアラリランを抜いた。
「丸腰の相手に……」
 ララドが眉をひそめる。まともな武人であれば、自分が不利に陥ったとしても丸腰の相手に対して安易に武器を振りかざしたりはしないものである。してみるとこの決して若くはない七名は、正規隊の中でも、徴兵で集められて調練の為に都の宿舎に入れられている、兵役中の兵卒達であろうか。
「……大体、兵卒には日常の武器携行は認めておらんぞ」
「ええ、彼らがもしも準士官未満の兵卒であれば、無断持ち出しということになります。それだけでも処罰の対象ですが……」
「わ、飛び込んだ──うわっ、お見事」
 ララド達と異なり、マーナの兵士に対するしがらみのないソフィアは、目の前の戦いに少々興奮していた。刃物を向けられた丸腰の青年の方が、逆に電光石火の素早さで一番近くの相手の足許に飛び込み、その足を払ってのけたのである。前のめりに体を泳がせた兵士は、体勢を立て直す暇《いとま》もなく転んでしまい、手にしていたアラリランでその拍子に運悪く何処かを傷付けたらしく、短い悲鳴を上げた。
「持ち慣れてもいない武器を振り回すのはよせよと言っといただろ、正規隊の皆さんよ。喧嘩を売るなら、相手を見てからにするんだな」
 青年が嘲笑混じりに言い放つ。張りのある低過ぎない声が、耳に残る。
「まだやるのか? それとも、難癖つけて御免なさいと素直に謝って退散するのか?」
「黙れ、卑しい傭兵の分際でっ!」
「昼間っから何の寝言を言ってるんだか。貴様ら、俺が傭兵だったことに感謝したっていいくらいだぞ」
 海の底から掬い上げたような濃青色の短髪が印象的な青年傭兵は、深みの強い青い瞳を不敵な彩りで満たした。上背はなく、まだ十五、六ではなかろうかというほどの若々しい顔立ちでもあったが、タリーやララドのような武の心得のある者の目から見て、その立ち姿には、老練の武人と比しても全く遜色ないほど、隙というものが存在しなかった。


 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 さて、第十八回ですが、いやー、まさかまさかまさかまさか。

 海の底から掬い上げたような濃青色の短髪が印象的な青年傭兵は、深みの強い青い瞳を不敵な彩りで満たした。上背はなく、まだ十五、六ではなかろうかというほどの若々しい顔立ちでもあったが、タリーやララドのような武の心得のある者の目から見て、その立ち姿には、老練の武人と比しても全く遜色ないほど、隙というものが存在しなかった。

 ……『ティブラル・オーヴァ物語』の読者様であれば、この記述だけで、この青年が何者であるかはおわかりかと存じます。

 何と、主人公その壱、此処でお出ましー! (爆死)

 主人公その弐だけならまだしも、主人公その壱まで、ちょい役とはいえ登場してくるとは……どないせーっちゅーんじゃ、とブツブツ呟きながら筆を走らせていた作者なのでありました。

 ……ちょい役、ってところが、大いに見通し甘かったんですが(汗)。

 では、また次回。


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