「流石は武の都、デラビダは活気がありますねえ。走っていく人が、何だかみんな楽しそうですよ」
邪気なく応じたソフィアは、不用心なほどの足取りで騒ぎの方へと歩き出した。思わず制止しようとしたタリーを、ララドが止める。
「折角このような場に来ておるのだ。騒動に巻き込まれん程度に好きにさせてやるが良かろう。護衛のそなたには酷な話だがな」
「……ということは、先生も向かわれると」
タリーは小さな苦笑いを浮かべると、当然とばかりに頷いてソフィア青年の後を追うララドの後ろに従った。「先生」とは無論、「陛下」とは呼び掛けられないが為に代わりに使っている言葉であった。
ひと足先に騒ぎの輪に辿り着いたソフィアが、野次馬達の間にするりと潜り込む。続いて、ララドとタリーも。……騒ぎの中心となっていたのは、どうやら、昼間から酒の入っている兵士達であるらしい。デラビダでは珍しいことではないとも言えたが、野次馬が集《たか》るだけの見物《みもの》となっていた理由は、すぐにわかった。肩掛け布《コープ》から察するに武人らしいが丸腰の青年ひとりと、こちらはタリー同様に武官の軽装を身に纏っている──つまり腰に短剣《アラリラン》を帯びている──兵士三人とがやり合っていて、しかも青年の方がどう見ても有利に戦いを進めていたのである。
……否、よく見ると、立っているのは三人だが、既に石畳に蹲って呻いている兵士も四人いる。ということは、最初は一対七であったらしい。
「……正規隊の兵か?」
「そのようですね。あのアラリランの拵えは官給品のものです」
主従が小声で囁き交わした時、遂に兵士達がアラリランを抜いた。
「丸腰の相手に……」
ララドが眉をひそめる。まともな武人であれば、自分が不利に陥ったとしても丸腰の相手に対して安易に武器を振りかざしたりはしないものである。してみるとこの決して若くはない七名は、正規隊の中でも、徴兵で集められて調練の為に都の宿舎に入れられている、兵役中の兵卒達であろうか。
「……大体、兵卒には日常の武器携行は認めておらんぞ」
「ええ、彼らがもしも準士官未満の兵卒であれば、無断持ち出しということになります。それだけでも処罰の対象ですが……」
「わ、飛び込んだ──うわっ、お見事」
ララド達と異なり、マーナの兵士に対するしがらみのないソフィアは、目の前の戦いに少々興奮していた。刃物を向けられた丸腰の青年の方が、逆に電光石火の素早さで一番近くの相手の足許に飛び込み、その足を払ってのけたのである。前のめりに体を泳がせた兵士は、体勢を立て直す暇《いとま》もなく転んでしまい、手にしていたアラリランでその拍子に運悪く何処かを傷付けたらしく、短い悲鳴を上げた。
「持ち慣れてもいない武器を振り回すのはよせよと言っといただろ、正規隊の皆さんよ。喧嘩を売るなら、相手を見てからにするんだな」
青年が嘲笑混じりに言い放つ。張りのある低過ぎない声が、耳に残る。
「まだやるのか? それとも、難癖つけて御免なさいと素直に謝って退散するのか?」
「黙れ、卑しい傭兵の分際でっ!」
「昼間っから何の寝言を言ってるんだか。貴様ら、俺が傭兵だったことに感謝したっていいくらいだぞ」
海の底から掬い上げたような濃青色の短髪が印象的な青年傭兵は、深みの強い青い瞳を不敵な彩りで満たした。上背はなく、まだ十五、六ではなかろうかというほどの若々しい顔立ちでもあったが、タリーやララドのような武の心得のある者の目から見て、その立ち姿には、老練の武人と比しても全く遜色ないほど、隙というものが存在しなかった。