「……はい」
「それに大体、貴官が役に就いておらんのは、以前にノーマンが自分の後任の第二中隊長に推挙しようとしたのを固辞したからだと、ノーマンから聞いておる。その任に足ると前任者が認めているということは、役に就けるだけの力量があるということだと、私は考えておる。……が、まあ、今はその話はよそう。陛下をお待たせしてはならぬ。陛下の私室への道は承知しておるな」
急き立てられるようにして近衛隊長の執務室を退出すると、タリーは、主君の私室へ急いだ。無論、今迄一度たりとも足を踏み入れたことなどない場所であるが、火急の際には直ちに駆け付けられるよう、一等近衛兵であれば誰しも、王族の私室への道順は教え込まれているものである。迷うことはなかった。
「──タリー・リン・ロファ、お召しにより参上仕りました」
取り次がれて入室したタリーは直ちに片膝を折り、王族に対する正式な武人の礼を行なった。
「待っておったぞ、タリー・ロファ。面《おもて》を上げよ」
主君ララド・ゾーン・オーディルの声に改めて顔を上げたタリーは、肘掛け付きの椅子に座す主君の姿と、何故かその近くで客人用の椅子に腰掛けているレーナの若き長老候補とを見て、目をしばたいた。……何処からどう見ても、彼らの着ている物は、ちょっと小綺麗ではあったが、町中に住む庶民の服装であったのだ。
「──そなたこれから、我々の護衛として付いてまいれ」
「ええっ!?」
いきなりの下命に、タリーは危うく引っくり返りそうになった。
「わ、私《わたくし》がで……ございますか? 私《わたくし》如きで宜しいのでございますか?」
「そなたは、昨日の宴席で、このレーナの長老候補と面識が出来ておろう。面識という点で言えばノーマンやデフィラもそなたと同様だが、あれらは、腕は立つものの、どうにも目立つ。これから出掛ける先では、護衛は欲しいが、目立っては困るのだ。そなたは万事に控えめで、無駄に突出したところがなく、それでいて腕の程は確かと、ナカラから聞いておる。──のみならず、わし自身も、リーダの陰謀の一件以来、そなたの名は心に留《と》めておるぞ。それに、ノーマンと交誼を結んでおるなら、下町歩きもそれなりにしておろう。それが、そなたを指名した理由だ」
そこまで明瞭に説明されては、タリーも、自分が選ばれた理由を納得せざるを得なかった。
ちなみに、主君が口にした「リーダの陰謀の一件」とは、タリーが未だ三等近衛であった七年前、マーナ暦バクラ四年に遭遇した、小国リーダによるマーナ乗っ取りの企みのことである。陰謀を破るきっかけをもたらしたのはデフィラ・セドリックであったが、彼もその時、当時二等近衛であったノーマンと共に、その彼女を助ける役割を果たしていた。多くの者から「万事に控えめ」と見られていた彼が、あの時ばかりは、控えめどころか、国王・宰相・近衛隊長の三者を揃えての拝謁を今夜デフィラとノーマンの二名に賜りたい、マーナの存亡を左右する一件となるおそれが強いからと当時の近衛隊長カーモン・セロ・セリズに対し己が階級も顧みぬ直談判に及び、いたく驚かれたものである。
「着替は、控えの間に用意させておる。直ちに支度をせよ」
「はい……かしこまりました、陛下」
タリーは神妙な顔で一揖した。どの道、近衛兵である彼には、主君が望めばその意向に従うことしか許されていないのである。
そんな次第で──
お忍びの貴人二名に護衛の近衛兵ひとりという組み合わせの三名は、デラビダの昼前の賑わいの中へと繰り出したのであった。
デラビダの目抜き通りであるゾラド通りを、下町方面へと下る。