長老候補──。
この世界《ミディアミルド》では、それは、一国に於いて、導者《どうしゃ》・巫女《みこ》・予言者といった聖職者達の束ね役を担う長老の、いわば後継予定者である。
神官の長《ちょう》たる長老は、多くの国では単に、聖職者の束ねでしかない。しかし、レーナの場合は、文官の長たる宰相・武官の長たる主席将軍と並ぶ、王の相談役。故に、特にレーナの長老候補は、おいそれと遠出も出来ない長老の代わりに各地に赴くことが他国の長老候補よりも多いという。
そんな訳で、マーナ暦《れき》デリーラ六年の仲冬《ちゅうとう》二の月、此度、近国レーナで長老候補の任に在るという青年が、マーナの第一王女ルディーナ・クアラ・オーディルの婚礼──但し、初婚ではなく再婚──祝賀の席に、レーナの文武官の代表と共に派されてきたのだが──
マーナ王ララド・ゾーン・オーディルは、奇妙なことに、以前何処かでこの青年に出会っているような気がしてならずにいた。
青年は、まだ若い。確か、十六だと言っていたか。少年と言っても差し支えない年齢かもしれない。だが、不思議に、幼いという印象はなかった。見目形が割に落ち着いた端整さを有しているせいもあっただろう。
(……リュウ・シェンブルグが此処にいた頃に、近従として付いていた……というわけでも、なさそうだが)
数年前までマーナに“勉学の為に”──つまりは人質として──滞在し、今はレーナに戻って王位に即いている、当時のレーナ王子のことを思い返してみる。しかし、あの頃リュウに付いていた近従達は、皆、あの当時で十代半ばよりも上の年齢だった筈だ。この青年は、当時リュウの近従だったにしては、余りに若過ぎる。
とは、いえ。
長老候補に選ばれて一年ほどとのことだが、王族や文武百官が臨席する異国の宴に臆するところもなく、かと言って変に背伸びをしたり虚勢を張ろうとしたりするところもない。ごく自然に、宴席を……より正確に言えば、宴席に招かれている女性達の間を主として経巡って、嫌みのない愛嬌を振り撒いている。いつもなら、このような席での女性あしらいの目立ちっぷりは“ノーラ家の不良息子”こと近衛副長ノーマン・ティルムズ・ノーラのほぼ独壇場なのだが、遠来の客に対する物珍しさや好奇心も手伝ってか、マーナの貴婦人達の人気は、今のところはこの、何処かさらりとした明るさを持つ年若い異国の長老候補の上に集まっているようだった。
さぞかしノーマンは面白くなかろうな、と口中に呟くと、ララドは、玉座から腰を上げた。御退出か、と動きかけた近従ふたりを手で留めておいて、玉座の前の階《きざはし》を軽々とした足取りで降りる。
「ルディーナの祝いの席だ。久方振りに、皆とも踊りたい。王太子の昔に戻ってな。──楽士達に、次の曲にカーリダー・ガダリカナを、と伝えよ」
「……あれが、レーナの長老候補か」
いつものように宴席の片隅に腰を据え、踊るでもなく酒を飲むでもなく料理を頬張るでもなく、ただクァイ水《すい》──基本、水に柑橘の果汁を垂らして拵える、わずかに甘酸っぱい、無色透明の飲み物──の杯《はい》を傾けながら人模様の傍観を決め込んでいた青年将校は、かなり興味深そうに、異国から来た黒褐色の髪の長老候補の姿を目で追っていた。