「諸人に若い若いと言われている私よりも随分と若いのに、なかなか女性のあしらいに長けているようだな。話す女性話す女性が皆、楽しそうにしていて、笑いが絶えない」
「何処ぞの何方様かが、さぞかし面白くない思いをなさっておいででしょう」
まだ年幼いようでありながらも大人びた印象を与える美貌を持つ侍者《じしゃ》の端整な唇から、刺《とげ》の潜んだ呟きが洩れる。青年将校は、「それは、どうかな」と小さく笑って、陽光の流れ落ちるような輝きを纏う金髪に縁取られた頭を軽く左に傾けた。
「どうしたところで所詮は他国の使節、この日限りのことと、堪《こら》えておいでなのではないかな。これが何年も“勉学の為に”滞在する相手であるなら、心穏やかではいられまいが。……おや」
寛いだ姿勢でクァイ水の杯を卓上に戻した青年将校は、武官の儀礼用正装を身に纏った亜麻色の髪の女性武人が青年侍者を伴い歩み寄ってきたことに気付いて、慌てたとは取られない程度の素早さで姿勢を正した。
「これは、デフィラ一等士官《いっとうしかん》。お立ち寄りいただき光栄です」
「相変わらずだな、ケーデル一等上士官《いっとうじょうしかん》。このような隅の席に引っ込んで物見を決め込むとは」
青年侍者がさりげなく引いた椅子に腰を下ろしたデフィラ・ターニャ・セドリックは、やや腰を浮かせて会釈する青年将校に穏やかな笑みを向けた後で、手にしていたメリア酒《しゅ》──ミディアミルドで広く愛飲されている、アルコール度の比較的低い赤い果実酒──の杯を傾けた。
「貴官ほどの地位に在れば、もっと積極的に色々な文武官と話して人脈を広げておいても良かろうに」
「残念ながら、幾ら地位があっても、何も実績を持たない私では、相手にされませんよ。有難いことにマーナは、血筋や家柄以上に実力や実績が重んじられる国ですから。……アル、済まないが、また、そろそろ頼む」
ケーデル・サート・フェグラム青年は、傍らの侍者にクァイ水のおかわりを貰ってきてくれるよう頼むと、澄み切った碧眼を広間に戻した。
「あのレーナの長老候補は、レーナでは名門であるレグ家の出とのことですね」
「貴官のフェグラム家がクデンでそうであるようにな。建国の時から仕えているという意味で」
「レグ家からは今迄聖職者が出たことはないと覚えていますが……確か、元々は主に外交筋の文官を輩出していたとか」
「貴官の情報通は、いつもながら、余人の及ぶところではないな」
デフィラは苦笑しつつ、内心でだけ呟いた。
(……この青年、己の出自に話が及ぶと、必ず身を躱《かわ》そうとするのだな)
二年前、ナーヴィッツでの戦の後に出会って興味を持ち、呼び止めて言葉を交わした時にも、クデンの名家フェグラム家の出か、と問うたデフィラに、この青年は、無言の微笑みしか返さなかった。その後も、幾度か話す機会を得たが、彼は、己の出自の話になると、全く乗ろうとしない。否定も肯定もせずに黙っているか、さりげなく話をそこから引き離すかの、いずれかなのだ。決して恥じるような家の出ではない筈なのだが、彼自身ではそうは思っていないのかもしれない。
(まあ、どんな名家でも、大なり小なり問題を抱えているものだ。外から見ている者にはわからぬこともある。わかるものなら、自ずとわかる日も来るだろう。下手な詮索はせぬが賢明か)