「当の本人は至って慎重なつもりで、勇気を出さなければいけない時だけしか、出していないつもりなんですけど。……黒のドージョに銀縁の白マイルコープをお召しということは、貴殿が噂のノーマン・ノーラ近衛副長閣下ですね。デフィラ嬢と並ぶガダリカナの名手とは伺っております。大変失礼しました。でも、今は私の方が先にデフィラ嬢をお誘いしたんですから、まずは私に答を伺う権利がありますし、それに……」
そこで言葉を切ったソフィア青年は、何げない様子で広間の方を見遣った。
「……マーナ王ララド陛下が自ら踊っていらっしゃる時に、近衛副長閣下がそれ以上に見事に踊られて陛下よりも目立ってしまうのは、近衛兵としては如何なものでしょう」
ぐっ、と言葉に詰まった近衛副長閣下は、デフィラの洩らしたくすくす笑いに、更にむくれ顔となった。……まあ、むくれ顔程度で済んだのは、近衛副長閣下がこの時に、珍しくも肩を震わせるほどに声を殺して笑いを堪えている今ひとりの人物の存在に、全く気付いていなかったから……ではあった。
「御心配なく、閣下。情けない話ですが、途中で息切れすることは保証しますから。踊り切れなくなったら、すぐにこちらへ戻って、デフィラ嬢はお返しします。……それに多分、別のガダリカナが、後でまた演奏されますよ。皆さん、おふたりのガダリカナは、デラビダで催される宴で一番の名物だと話されてましたから。見ずには終われない、と仰せの方も多数いらっしゃいましたし。私も楽しみです」
「光栄なことだ。……ノーマン近衛副長、済まぬが、今は堪《こら》えてもらえまいか。この長老候補殿が言うことにも理がある。貴殿とは、陛下が玉座に戻られてから踊ろう」
「あ、では、お受けいただけるのですね。有難うございます。それでは」
軽やかに広間へ出てゆく二名を半ば茫然と見送っていたノーマン・ノーラは、ふて腐れた表情を隠そうともせず「……くそ生意気な」と呟くと、直前までデフィラが座っていた椅子にどさっと腰を下ろした。
やや乱暴に卓上に片肘突いたところで初めて、この円卓の先客に気付く。
「──い、いつからいたっ」
のけぞりそうになりながらも、ノーマンは辛うじて、腰を浮かせずに済んだ。両肘突き、絡み合わせた両手指に額を乗せて殆ど顔を隠すようにしていた青年将校が、問われてようやく顔を上げる。一見、冷静そのものの表情で……しかし、よくよく見れば、唇の端で笑いを堪《こら》えている顔で。
「デフィラ一等士官が此処にお見えになる前から、おりましたよ」
ノーマンは唸ったが、それ以上には文句を言わなかった。彼が蛇蝎《だかつ》の如く嫌っている“青二才”ケーデルが座っていた場所は、此処へ来る前にノーマンが立っていた場所からは大きな鉢植えの木の陰になっていて、すわガダリカナとデフィラを誘いに飛び出した時には死角だったことは確かだ。しかし、近付いてからも気付かなかったのは、自分の不注意である。レーナの「くそ生意気な」長老候補に気を取られていたからとは、言い訳にもならぬ。
「……あのレーナの長老候補、ただ単に女性好きであちこちの女性達と語らっていたわけではなく、色々とこちらの話を仕入れていたようですね。……意識してやっているなら、侮れない。無意識でやっているなら、末恐ろしい。前者であることを願いたいものです」
誰に向かって言うとでもなく、ケーデルが呟く。