交換日記ブログ「里の茶店 万年貸切部屋」の中から、
里長・野間みつねの投稿のみを移植したブログ。
2008年6月以降の記事から、大半を拾ってきてあります。
 

「小説連載と関連コメント」のブログ記事(古→新)

本伝未読の方の為に

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 本伝未読の方の為に少し触れておきますと、今回第十回で名前だけ出てくるディープレは、マーナの第三王女。ララドの正妃のふたり目の娘(参考:ひとり目が、只今催されている祝宴の主役である第一王女ルディーナ)で、この時十六歳です。本伝の中では重要な役割を持つ人物のひとりですが、マーナから離れてレーナ王に嫁いでいる為、今回の物語では名前だけの登場となりました。
 本伝を読んでくださっている読者様には、ディープレの話題がこういう形で出てきたことで、この物語がいつの時期の出来事かを漠然と悟れる材料となるのではないか、と思っています。

 では、短いですが、凄まじい(?)展開に入ったところで、また次回。


「知る人ぞ知る珍味でございますよ。料理の味には一家言をお持ちと評判の近衛副長閣下が、よもや御存じないのですか」
 平然とした表情で、美貌の侍者は宣った。
「し……知ってはいるが、あれは単独で食うもんだろうがっ。こんなに唐揚げをぶち込んで味を壊してどうするっ」
「生憎、唐揚げの給仕場が皿を切らしておりまして。腹の中で一緒になるなら同じでございましょう」
「き、貴様、美少年然としてるくせに乱暴な野郎だなっ……大体、ひとりで食えるか、こんなにっ!」
「他の方が一緒に食事をなさるとは伺っておりませんでしたので、取り皿も予備の箸と匙もお持ちしておりませんが」
「……アル。その辺にしておけ」
 ケーデルが苦笑と共にたしなめる。
「お前も子供ではないのだから、余り子供じみた意地悪をするな。負《ふ》の感情を腹にためないノーマン閣下が相手だから、この程度の口争いで済んでいる。下手な相手なら、手討ちにすると息巻かれるぞ」
 手討ちにされるぞと言わないところが変に正直だな、と感じたのは、かつてリーダという小国でジャナドゥ──王と王族に仕える忍びの者──として生き、リーダがマーナに滅ぼされて後は縁あってデフィラの忠実な侍者として仕えているミン・ディアヴェナだけであった。彼は以前から、このアルと呼ばれている年幼い侍者が、ケーデル青年が“非常識にも”個人的に抱えているジャナドゥの仮姿であろう、ということに気付いている。無論、外に対しては、気付いているとは知らぬ顔をしているのだが、彼が敢えて知らぬ顔をしているものと先方の主従に悟られていることも、承知はしている。……とまれ、自分ミンよりも有能な現役ジャナドゥなのであろうこの侍者アルが、仮に「手討ちにしてくれる」といきなり抜き打ちに斬り掛けられたとしても恐らくかすり傷すら負わないであろうことは、ミンの目には明らかであった。
(……まあ、マーナ随一の剣士《リラニー》と名高いノーマン・ノーラ近衛副長ならば、かすり傷ぐらい負わせることが出来るかもしれないが……)
 傍観者のミンがそんなことを考えている間にも、ケーデル青年の“説諭”は続いている。
「お前の気持ちは察せられぬでもないが、私は、お前が心配するほどには凹んでいないし、むしろ、このような間柄であることを愉しんでいる時さえある。今日のようにな。だから、このような大人げない振舞は、以後、厳に慎め。……だが、もう運んできてしまったものは仕方ない。私の分の取り皿と、箸と匙とを持ってきてくれ」
「……えっ?」
「ゲテモノ料理は大の苦手だが、使用人の不始末の責任は私が取らねばなるまい。……何をしている。早く取りに行かないか」
「ケ、ケーデル様……か……かしこまり……ました……」
 この命令は、百の説諭よりも、侍者には応えたらしい。しおしお、という表現がぴったりなほどに打ち萎れて、侍者アルは場を離れていった。
「……ミン、済まぬが、私にも取り皿と箸と匙を」
 微苦笑と共に一連の遣り取りを見守っていたミンの主が、ミンに声を掛ける。
「幾ら何でも、ふたりで食するには余りにも量が多かろう。……あと、氷を入れたクァイを、大きめの水差しで貰ってきておいてくれ。多分、酒では、微妙な味などわからなくなるだろうからな」
「あのう、もし便乗して良ければ、私にも」
 タリーが控えめに手を挙げる。デフィラが軽く首肯したのを見て、ミンは「かしこまりました、直ちに」と一礼し、場を離れた。
「……私の監督不行き届きで閣下に御不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


キャラクター、突っ走る(汗)

 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 いやー、しかし、前回から今回第十一回に掛けての展開は凄まじいっすね(苦笑)。
 アル、こえぇぇぇぇぇ(汗)。
 此処までやっていいのかオイ、というほどの嫌がらせですがな(爆)。……面《めん》を晒している時に、こんな、強烈に相手の記憶に残りかねないような真似をしてもいいのかっ? 作者としては、本伝の先々の展開を考えて困ってしまったのですが、うーん、キャラクターがそっちに動いてしまったものは、仕方ないですな。先では何とか折り合いを付けましょう(汗)。
 ……まあ、この侍者アルは、将来本伝5巻辺り(予定(汗))でも、ノーマン君に対してこの種の“刺だらけの意地悪発言”をかましてくれることになるんで(……ノート回覧“改訂版”バージョンの読者様の一部は既読の筈のアレ(苦笑))、キャラクターの動きとしては間違ってはいないんですが……(苦笑)。

 ただ、「おいおいっ、こんなことされたら、先々の話に響くぢゃねーかっ、どーしてくれるー(汗)」という展開は、この物語の後半にもあったりして(爆)。

 みんな、久々に書いてもらえたからって、暴れ過ぎ……。
 今回の物語を書いたことで、更に本伝が長くなる原因を作りまくった気がしてならない、今日此頃なのでした……。

 それでは、また次回。


 改めて神妙に頭を下げるケーデルの謝罪に、とんでもない嫌がらせを受けた当のノーマン・ノーラは、ふんと鼻を鳴らして足を組んだ。その様子を見る限り、奇妙なことに彼は、それほど不機嫌というわけでもないようであった。
「悪意を腹の中に押し込めて作り笑顔で流す奴より、ああやって刺《とげ》だらけの嫌みをぽんぽん投げ付けてくる奴の方が、余程可愛げがあって気分がいい」
「閣下がそのようにお感じになる方だとは、承知しています。……ですが、あの者の主としては、だからと言って許すわけにも参りません」
「ああ、もういい。あんな餓鬼に虚仮《こけ》にされるのも癪だ、意地でも食ってやる。……ふふーん、こんだけ赤辛子が塗ったくってあったら、さぞかし体が温まるだろうさ。真冬だし、丁度いいってなもんだ」
「ですが副長、腹八分目以下にしておかないと、後でガダリカナが踊れなくなりますよ」
 タリーがさりげなく釘を刺す。
「私も手伝いますから、変な意地は張らないでくださいね。……それにしても、レーナの長老候補殿は、こんな愉快な騒動を御覧になれなくて、さぞ残念でしょうねぇ。私と似ているのではというケーデル一等上士官の見立てが正しければ、このような面白い騒動は大好物ではないかと推察するんですが」
「ど……何処が愉快で面白い騒動だ、何処がっ!」
 やがて、広間の片隅にあるその円卓では、戻ってきた侍者達も銘々に取り皿と箸とを手にして座に加わり──
 しばしの間、仲好く食卓を囲むなど思いもよらぬ顔合わせの面々が、口にする物の余りの辛さに顔を真っ赤にしながらひたすら食べ続けるという、滅多と見られぬ珍妙な食事風景が繰り広げられ、宴に出席していたマーナの諸人の注目を集める結果となったのであった。

 一方──
 マーナ王ララド・オーディルは、玉座よりも一段下に急遽設えさせた席に腰を据え、酒杯片手に、レーナの若き長老候補ソフィア・レグと向かい合っていた。
「そなた、他国に使節として立ったは初めてか」
「はい。初めてで何かと不調法もあるかとは存じますが、節度さえきちんと守っていれば良いから、折角の機会、他国の方々と好きに話をして交流を深めてきなさいと、使節団長たる外務参事官ホルデン・クナルメス殿からお許しが出ておりましたので」
「確かに、なかなか好き放題にしておったな。しかも、あのデフィラ・セドリックと途中までとは言えガダリカナを踊るとは、大胆なことをしてくれたものだ。デフィラが誘いを諾《うべな》ったことも軽い驚きだったが、一歩間違えば大恥をかくと承知の上で、声を掛けたのか?」
「御覧になっていらっしゃったのですか」
 ソフィア青年は、照れ臭そうな笑みを浮かべた。
「確かに、レーナの使節があんな真似を……と物笑いの種になるのは避けたかったので、なるべく目立たずに済むよう、ちょっとした策は講じたつもりだったんですが……ただ、私は幸いにもまだ十代なので、多少無様な真似をしても、若いのだから仕方ないなと大目に見てもらえます。それを利用しない手はないですから」
 ララドは訝しげに目を細めた。妙に聞き覚えのある言い回しだ、と感じたのだ。全く同じではないが、何処かで、似たようなことを、この青年から言われたことがあるような気がするのだが……
「……そなた、マーナに来たのは初めてか」


喧嘩にならん間柄

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 さてさて、この第十二回で「愉快で面白い騒動」が一段落しました。
 此処までの展開をお読みになった方は、ケーデル様とノーマン君の“不仲”が、いわゆる“啀《いが》み合い”ではないことは読み取っていただけたものと思います。
 お世辞にも仲が好いとは言えない間柄であることは、間違いなのですが……ノーマン君が突っ掛かってもケーデル様が大人の対応(?)で柳に風とばかりに受け流すので(……でも、それがまたノーマン君には気に食わない(笑))、滅多なことでは喧嘩に発展しない間柄、と評すべきでせうか(苦笑)。

 それはさて置き。
 全二十七回という数字からおわかりのように(汗)、此処までで、まだ半分ですらないんですよ、この物語~。
 此処まででも充分長くなったわーと作者は呻いていたのですが……げげっ、まだまだ長くなるじゃねーかっっ、と頭を抱える展開が、この次のパートの最後に出てくるんですわ(汗)。
 キャラクター管理能力の低さは、物書き野間みつねの一生モノの欠点かもしれません(大汗)。

 では、また次回。

★★★★★

 おっと、ごくごく一部の、ノート回覧“改訂前版”や“改訂版”を御存じの方(含・リクエスト主の聖子さま)へ。
 何げなーく、懐かしい(かもしれない)人名を放り込んであるのは、今回切り取ってある部分です。
 見付け出してくださってましたか? (笑)


「いえ、そちらは初めてではございません」
 にこやかに、ソフィア青年は、かぶりを振る。
「私の父は外務府に所属しておりますので、使節として他国に派遣されたことも何度かございます。その父に連れられて、十一年前でしたか、マーナへ参ったことがございます」
「十一年前……随分と子供の頃ではないか」
「はい、七歳の春、確か、五の月だったと記憶しています。何しろ当時は、私が将来このような立場に置かれるとは誰ひとり予想だにしていませんでしたので、父が使節として外へ出る機会さえあれば、一緒に連れていかれました。親も当然の如く私が先々外務府に入るものと考えていたらしく、子供の内から見聞を広めておけという方針で」
 ララドは、考え込んだ。この青年に何処かで会ったことがあるという気がしてならないのに思い出せないのは、相手がその時に、今の姿とは掛け離れた子供であったから、なのだろうか。レーナ使節に随行してきたということは、この王城で会ったのだろうが、記憶にない……
(──いや、待て)
(十一年前の春と言えば、まだ──)
 そうだ。十一年前の自分は二十六歳、まだ王太子であった。父王も壮健で、それを良いことに、折々に王城を抜け出しては、身分を隠して都デラビダの下町を闊歩していた。おかげで周囲は、「何という不良王子か、他に太子となり得る男児がいないとはいえ……」と嘆き、頭を抱えていたものだ。
(十一年前……チャベラ十八年……仲春、五の月……レーナ使節……)
 レーナから何やら使節が来ていたことは、流石にかすかに記憶にある。が、その時に催された宴には、不例と称して参加しなかった筈だ。実際には無論仮病で、下町に繰り出していたのではないか……
 とん、と額の略冠に指をぶつけたララドは、不意に、その下に隠れている傷痕のことを思い出した。
 いつもは、略冠である銀の飾り輪──これまた、古来、王位に在る者にのみ許されている装身具──に隠されてしまっている。だが、彼にとっては、数少ない不覚によって付けられた傷の痕である。もしそれが城内で負った傷であって、“治癒”の力《オーヴァ》を持つ薬師が直ちに手当をしていれば、傷痕は残らなかったであろう。ところが、生憎それは、下町へお忍びで出ていた時の傷だったものだから、城へ戻るまでは適切な手当を受けられず、為に、痕が残ることになってしまったのである。
 勿論、今となってはわずかな変色が残るのみで、傍から見ても大した傷痕ではない。……ないのだが……
 ララドは、目の前の青年の顔を、何かをその向こうに透かし見ようとするかのように目を細めて見据え、そして、ゆっくりと口を開いた。
「……僕はまだ子供なんで、多少無茶苦茶な真似をしても、子供だから仕方ないなと大目に見てもらえます。それを利用しない手はないですから」
 不意にマーナ王が呟いた言葉に、ソフィアは目を円くした。
「あれ……何だか、さっきの私の発言に似ています、それ」
「似ておるな」
 マーナ王は低く応じた。
「だが、これは、このデラビダの下町で会った何処ぞの生意気な子供から言われたことがある台詞なのだ。……十一年前にな」
「十一年前に、陛下が……下町で?」
 ソフィアは無躾にも、まじまじと相手の顔を見てしまった。
 相手は、銀の額輪を無言で外し、やや長めになっている褐色の髪を手で後ろに束ねる。
 ソフィアは──そこに現われたかすかな傷痕と、露わにされた顔の輪郭とを見て、一度だけまばたいた。
「……まさか、あの時の、喧嘩の強いお兄さん?」
「……まさか、あの時に、わしの額を思い切り蹴飛ばしおった、生意気な子供か?」


 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 今回第十三回にて、よーやっと(汗)、リクエストされていたネタが使われております。

 このミディアミルド、いわゆる“超能力者”がごろごろしている世界でして(苦笑)、王族に仕える宮廷薬師ともなれば、大なり小なり他者へ治癒を施すことの出来る能力を持っているのが当然でございます。

 ……ただ、“超能力”と言っても、そんなに大袈裟な能力を持っているわけではなく、多くの場合、我々の言う「足が速い」とか「体が柔らかい」とか「泳ぎが得意」とか、そのような感覚のものでしかありません。我々の世界でオリンピックに出てメダルを取るような人がほんのひと握りであるように、ミディアミルドでも、物凄い“力《オーヴァ》”を持つ能力者は、ほんのひと握りなのであります。

 では、短いですが、また次回。


「え、えーっと、あれはその、別に蹴飛ばそうと思ったわけではなく、人攫《ひとさら》いから逃げようとじたばたしてたら偶然に当たっただけで」
 ソフィアは動揺から来た姿勢の崩れを素早く立て直し、ぺこりと頭を下げた。
「その節は、申し訳ありませんでした。まさか、陛下に助けていただいていたとは夢にも思わず。……はぁ、何だか今日は、さっきから謝ってばかりです」
「必要が生じれば適切に謝罪するのも、国を代表して他国へ使いする者の大事な役目の内だ。……そうか、あの時の生意気な子供が、そなたであったか」
 ララドはニヤリと笑い、額冠を嵌め戻した。
「他人《ひと》のことは言えぬが、何ゆえ、使節に随行していた身で下町などに出ておった」
「あの、随行という大袈裟な立場ではなくて、おまけ扱いです。それこそ、胴名《どうな》も持たぬ子供ですから」
 胴名とは、十歳の誕生日に付けられる名前である。ソフィア・カデラ・レグの場合、“カデラ”がそれに当たる。ミディアミルドでは、この胴名が付くまでは、結婚も出来ない子供と見做されるのである。
「で、あの時は、デラビダの町に入った折に、物凄く美味しそうな匂いを馬車の中から嗅ぎまして、それで、宿所に落ち着いた後、拝謁の為の登城の支度などで忙しい皆の目を盗んで、こっそりと抜け出したんです。何しろ小さな子供でしたから、抜け出しても見咎められにくかったようです。……まあ、その時の宿所が、客人の為の西の離れが大改装中とのことで使えずに、町中に置かれていたから出来たんだろうなと、今では思います。警備の厳重な城から見咎められずに抜け出すなんて、まず無理ですから」
 現在のミディアミルドでは、他国からの使節など、王城を短期滞在の予定で訪れた客分の者は、王城の敷地内に建つ西の離れに宿泊するのが、何処の国でも通例である。
「着ているドージョの飾りは全部取って、いいところの子供だとわからないようにして……なんて子供なりに色々考えて外へ出たんですが、今考えれば、本当に浅はかでした。幾ら飾りがなくたって、見る者が見れば、下町に住む庶民が着るような布地のドージョではない。いいところの子供に違いない、身代金が取れるか、それとも他国に売り払えるか、と人攫い達が目を付けたのは当たり前ですよね」
 ソフィアは苦笑した。夕闇迫る下町へ出て、お目当ての匂いをさせていた店を探している内に、親切めかした若者ふたりに人気のない路地裏に連れ込まれ、危うくそのまま拉致されそうになった。そこを助けてくれたのが、たまたま通りすがった“喧嘩の強いお兄さん”だったのだ。……ただ、乱闘の最中、人攫いの手から逃げ出そうとしたソフィアの蹴りが間違ってその助けてくれた“お兄さん”の額に入り、なまじ質のいい底を持つ靴だったばっかりに流血沙汰となったのは、不幸な事故ではあったが……。
「……人を疑うことを知らなそうな見目佳《みめよ》い子供が、他国訛りの強い、如何にも怪しげな大人ふたりと細い路地へ向かったのを見たから、これは危ないと後から入っていったまでのこと。……マーナの民が目の前で不埒者に踏みにじられようとしている、助けられるものなら助けてやりたいと、腐ってもマーナの王太子、つい義憤に駆られたものでな。……ただ、今更わかっても仕方ないが、助けてみればマーナの者ではなかったとはな」
「しかも暴れ回って額は蹴飛ばすわ、助けられたくせに変に生意気なことを言うわ……ですか」
 ソフィアは若干恐縮したように首をすくめた。


名前の話

 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 第十四回では、“胴名《どうな》”という概念が登場します。
 ミドルネームのようなものですが、完全にそうとも言えないので、ちょっとだけ説明しておきますね。

 ミディアミルドの“大地の民”の文化圏では、人の名前は、三つの部分から成ります。
 頭名《あたまな》、胴名、家名《いえな》です。
 物語の中ではソフィア君が例に採られているので、こちらでもソフィア君を例にしておきますと、頭名が“ソフィア”、胴名が“カデラ”、家名が“レグ”、となります。ちなみに、“ソフィア・カデラ・レグ”という全体を、総名《そうな》と称します(苦笑)。
 頭名は、生まれた時に付けられる名前です。呼び掛けに使われることも多い、生涯を通じて大切な名前です。
 胴名は、物語の中で説明した通り、十歳の誕生日に付けてもらう名前です。普段は余り呼ばれることはありませんが、結婚に際して嫁入り・婿入りした側が、“ソフィア・カデラ”のように、頭名+胴名で呼ばれるようになります。これを嫁名《よめな》と称します。
 家名は、その家の者が代々次いでゆく名前です。結婚に際して他家へ嫁入り・婿入りしても変わることはありませんが、嫁名で呼ばれるようになる為、頭名に家名を付けて呼ばれることは殆どなくなります。

 それでは、また次回。


「ですが、陛下こそ、単身で下町を歩かれるとは、王太子としては余り褒められないお振舞ではなかったかと」
「確かにな。だが、本当に我が身に危機が及ぶ事態と見れば、恐らく、何処かで見張っていたジャナドゥ達が手を出したことだろう。我が父は、我が不品行は或る程度まで黙許しても、きっちり監視は付けておったようだからな。まあ、そうだろうと半ば承知していたからこそ、色々と無茶も出来たのだ。幸い、ジャナドゥ達が割り込むような事態になることは、一度もなかったが」
 ララドは少しの間、遠いものを見るような目を見せた。
「……だが、あの子供が、今はこの青年か。まだまだ若いつもりでいるが、いつの間にか年を取る筈だ」
「恐れ入ります」
 ソフィアは軽く頭を下げた。
「あの時は結局、あの後暫く一緒に回っていただいたのに、お目当ての店を見付けられず仕舞でした。折角思い出したので、あの時の匂いを求めて、明日にでも下町に足を向けてみようと思います」
「ほう」
 ララドは、何を思い付いたか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「……面白い。あの日の続きか。わしも同行しよう。無論、お忍びでな」

 翌日──
 朝の練兵を終え、水浴びと着替えを済ませたタリー・リン・ロファは、近衛府の厩に自分の乗り馬を引き取りに来たところで、近衛副長であるノーマン・ティルムズ・ノーラから呼び止められた。
「おい、タリー。ナカラ隊長がお呼びだったぞ」
「隊長が? ……何だろう。何か聞いていらっしゃいますか」
「いや。単に、呼んでいると伝えてくれってな感じだった」
「そうですか……済みません副長、でしたら今日は、先に帰っていただけますか」
「おう。じゃ、また明日な」
 特に訝ることもなく、ノーマンは手を挙げて去る。
 残されたタリーは、小首をかしげて考え込んだ。如何に一等近衛とは言え、何の役にも就いていない自分が、何故、隊長から名指しで呼び出されるのか……色々考えてみるが、答の手掛かりが見付からない。
(……特に妙な失敗もしていない筈だし)
 ままよ、とかぶりを振り、近衛隊長の執務室へ向けて歩き出す。
「おお、タリー一等近衛。呼び立てして済まなかったな」
 ひとたび戦場へ出た時の勇猛果敢さから“猛将”と渾名《あだな》されるものの、部下達に対しては必要以上の厳しさを向けることのないナカラ・ソニ・マーラル近衛隊長は、“温和な紳士”とも評されている童顔の一等近衛兵が姿を見せると、執務机から離れて歩み寄ってきた。
「いや、急な話だが、陛下が、貴官をお召しだ」
「──陛下が!?」
「今すぐ私室の方へ参上するように、との御下命であった。なお、参上した先で見聞きすることは他言無用とのこと。無論、近衛隊長たる私に対しても、とのことだ」
 全く予期していなかった展開に、さしものタリーも茫然となった。
「何故私などを陛下が……特段の役に就いているわけでもございませんのに……」
「……タリー。貴官は、仮にも一等近衛だぞ。このマーナで、一等近衛と呼ばれることを許されている人間が、一体どれだけいると思っておるのだ。他国ではいさ知らず、マーナ近衛隊で一等近衛に任じられるのは、掛値なし、隊内でも水準より遙かに腕の立つ者だけだ」
 ナカラが苦笑混じりにたしなめる。この頃マーナで一等近衛に任じられていたのは、第一から第七までの各中隊の長を含めて十七名。過去に目を向けても、約七百名で編成される近衛隊全体の中で二十名を超えたことは一度もない。マーナ近衛隊に於いて、一等近衛兵への道は、それほど“狭き門”なのである。
「貴官はどうも、自分の力を過小評価して卑下する癖があるが、余りに度が過ぎると却って嫌みになるぞ」


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