ケーデル青年の横顔は、容易には他《た》に感情を窺わせない。だが、ひたすら異国の長老候補に目を向けているその横顔を見れば、デフィラには却って悟られるのである。この年若い将校が、更に何か自分の家柄について問われるのではないかと警戒し、決して気を抜いてはいないことが。
「……おや、珍しい。陛下が踊りの輪に加わられているとは」
話題を変えるに丁度良い出来事に気付き、デフィラは、敢えて声に出して独りごちた。ケーデル青年は、ちらとデフィラの表情に目を向けたが、すぐに今度は、デフィラの視線が向いている辺りに視線を転じた。
「曲が、カーリダー・ガダリカナに変わりましたね。やっと武官の自分が本領発揮で輝く出番だぞと張り切る御仁が、此処ぞとばかりに早速デフィラ一等士官をお誘いに来ることでしょう」
「……貴官、言う時は言うのだな」
何げなさそうに発された青年将校の皮肉混じりの言葉に苦笑したデフィラは、だが、不意に横合から掛けられた声に振り返り、左右で青に緑と色の異なる目を思わず円くした。
一瞬遅れて気付いたケーデル青年も、咄嗟には反応出来なかったようで、ただぱちぱちと目をしばたく。
「ええと、セドリック家のデフィラ嬢でいらっしゃいますよね」
邪気の乏しい笑顔で声を掛けてきたのは、いつの間に寄ってきていたのか、あのレーナの長老候補だったのである。
「レーナの長老候補、ソフィア・カデラ・レグと申します。もし宜しければ、私とガダリカナを踊っていただけませんか」
「なっ……」
少しだけ離れた所から、引き攣り気味の呻きが届く。デフィラは敢えてそちらには目を遣らず、ソフィアと名乗った黒褐色の髪の青年が差し出す右手を眺めた。
「……お受けしても良いが、小さな筆胝《ふでだこ》しかない手では、ガダリカナは踊り通せまいに」
「踊り通せないのは百も承知です。ですが、ガダリカナでなければデフィラ・セドリック嬢は踊ってくださらない、との話を、皆様から伺いましたので……前奏を耳にして大急ぎで駆け付けた次第です」
「……それは、どうしても私とは踊っておきたかった、という意味か」
「そうです。実は別の目論見もあるのですが、説明していたら前奏が終わってしまいますので、それはまた踊りながらでも」
「こら、ちょっと待て」
先程の呻きの主が、遅れ馳せながら割って入る。黒ひと色の服《ドージョ》に純白のマント《マイルコープ》そして腰には細身剣《ディラン》という武官の儀礼用正装に身を包んだ、黒髪の青年。年の頃は二十代後半、それなりに日に焼けた肌と相俟って鍛え抜かれているという印象はあるが、過ぎた無骨さは窺えない体格。恐らく、腕の立つ武官なのであろう。ただ、己の感情を隠すことは随分と不得手らしい。普段は割に整って精悍なのだろうその顔は、不本意な状況に放り込まれて明らかに引き攣っている。
「踊り通せもしないくせにガダリカナの名手を誘うとはいい度胸だな、レーナの長老候補とやら」
「はい、国許でも時々言われます。顔の割に大胆不敵な奴だなとは」
レーナの青年長老候補は、並の男なら怯んだかもしれない相手の睨み据えに遭っても、黒褐色の瞳にわずかに悪戯めいた笑みを浮かべただけで、応えた風もなかった。