ノーマンは黙ってそっぽを向いていたが、耳は傾けていた。彼は、容易に腹の底を見せない人間、特にケーデルのような、目の前で悪し様に罵られても腹の中に押し込めて平然と笑顔で受け流すような男は大嫌いだと本人の面前で堂々公言してのける男ではあったが、嫌悪の念はそれとして、ケーデルが有していると噂される分析力や洞察力までをも軽視していたわけではなかったのである。
「ミン殿は、今の青年、どう見ましたか」
「……そうですね……人目に対する平衡感覚が強い人物ではないかと、見受けました」
急に話を振られた恰好になったデフィラの侍者ミン・フォウ・ディアヴェナ青年は、若干戸惑いながらも答を返した。
「人目に対する平衡感覚、ですか」
「はい。……元は剣舞のガダリカナであるにも拘らず男である自分の方が途中で先に脱落する羽目になると承知で、デフィラ様に声を掛けた。男として情けないと思われかねない姿を敢えて晒そうとするのは、人の目に映る自分はそれくらいで丁度良い、と当人が考えているからではないかと。……考え過ぎかもしれませんが」
「成程。恰好の良いところ悪いところ、双方を披露しておいて、世人《せじん》の目に映る自分が突出した印象を持たれぬよう、釣り合いを保とうとしていると?」
「はい」
「そうですか。……私は、もう少し違うことも考えていました。彼が口にしていた『別の目論見』という言葉も引っ掛かりますし」
ケーデルは、手指をほどくと、椅子の背凭れに軽く背を預けた。
そこへ、美貌の侍者アルが、新たなクァイ水の杯と共に戻ってきた。微妙にこわばった表情なのは、一体全体何事があって、自分の主と、自分の主を青二才呼ばわりで毛嫌いして憚らぬ男とが同じ円卓に着いているのかと、激しく訝っているせいだろう。
「ですが、まあ、裏付けのない臆測で物を言うのはやめておきましょう。……ああ、アル、有難う」
「……大体、何で食い物がないんだ、此処は。宴に来て、水擬《みずもど》きばかり飲んで、何が楽しい」
デフィラが残していったメリア酒の杯を横取りするわけにも行かず、手持ち無沙汰で間が持たないのだろう近衛副長が、ぼそりと呟く。美貌の侍者は形の良い眉を跳ね上げたが、灰青色《ブルーグレイ》の瞳に不穏な光を湛えつつも、主の手前か、何も言わなかった。ミンは、此処は自分が何か取ってくるべきか、と考えたが、それを口にするより早く、美貌の侍者の主が苦笑混じりに口を開いていた。
「これは気付かず、失礼しました。……アル。戻ってきたばかりなのに済まないが、何か食べる物を見繕ってきてくれないか」
「……かしこまりました。お飲み物は」
「この光景を面白がって此処へお見えになろうとしているタリー・ロファ一等近衛が、ちゃんとお持ちになっている。食べる物だけで構わん」
内心の嵐はそれとして、主《あるじ》に逆らう気まではないのだろう。侍者アルは一礼すると、再び場を去った。直後、入れ代わりのように到着したのは、ケーデル青年の予告通り、タリー・リン・ロファ一等近衛であった──確かに、両手に、メリア酒の杯をひとつずつ携えて。
「どうした風の吹き回しなんです、副長?」
持参した酒杯を上官に手渡しながら、緑みの強い金髪に縁取られた温和そうな童顔には、好奇心の色が珍しくあからさまに浮かんでいる。