「知る人ぞ知る珍味でございますよ。料理の味には一家言をお持ちと評判の近衛副長閣下が、よもや御存じないのですか」
平然とした表情で、美貌の侍者は宣った。
「し……知ってはいるが、あれは単独で食うもんだろうがっ。こんなに唐揚げをぶち込んで味を壊してどうするっ」
「生憎、唐揚げの給仕場が皿を切らしておりまして。腹の中で一緒になるなら同じでございましょう」
「き、貴様、美少年然としてるくせに乱暴な野郎だなっ……大体、ひとりで食えるか、こんなにっ!」
「他の方が一緒に食事をなさるとは伺っておりませんでしたので、取り皿も予備の箸と匙もお持ちしておりませんが」
「……アル。その辺にしておけ」
ケーデルが苦笑と共にたしなめる。
「お前も子供ではないのだから、余り子供じみた意地悪をするな。負《ふ》の感情を腹にためないノーマン閣下が相手だから、この程度の口争いで済んでいる。下手な相手なら、手討ちにすると息巻かれるぞ」
手討ちにされるぞと言わないところが変に正直だな、と感じたのは、かつてリーダという小国でジャナドゥ──王と王族に仕える忍びの者──として生き、リーダがマーナに滅ぼされて後は縁あってデフィラの忠実な侍者として仕えているミン・ディアヴェナだけであった。彼は以前から、このアルと呼ばれている年幼い侍者が、ケーデル青年が“非常識にも”個人的に抱えているジャナドゥの仮姿であろう、ということに気付いている。無論、外に対しては、気付いているとは知らぬ顔をしているのだが、彼が敢えて知らぬ顔をしているものと先方の主従に悟られていることも、承知はしている。……とまれ、自分ミンよりも有能な現役ジャナドゥなのであろうこの侍者アルが、仮に「手討ちにしてくれる」といきなり抜き打ちに斬り掛けられたとしても恐らくかすり傷すら負わないであろうことは、ミンの目には明らかであった。
(……まあ、マーナ随一の剣士《リラニー》と名高いノーマン・ノーラ近衛副長ならば、かすり傷ぐらい負わせることが出来るかもしれないが……)
傍観者のミンがそんなことを考えている間にも、ケーデル青年の“説諭”は続いている。
「お前の気持ちは察せられぬでもないが、私は、お前が心配するほどには凹んでいないし、むしろ、このような間柄であることを愉しんでいる時さえある。今日のようにな。だから、このような大人げない振舞は、以後、厳に慎め。……だが、もう運んできてしまったものは仕方ない。私の分の取り皿と、箸と匙とを持ってきてくれ」
「……えっ?」
「ゲテモノ料理は大の苦手だが、使用人の不始末の責任は私が取らねばなるまい。……何をしている。早く取りに行かないか」
「ケ、ケーデル様……か……かしこまり……ました……」
この命令は、百の説諭よりも、侍者には応えたらしい。しおしお、という表現がぴったりなほどに打ち萎れて、侍者アルは場を離れていった。
「……ミン、済まぬが、私にも取り皿と箸と匙を」
微苦笑と共に一連の遣り取りを見守っていたミンの主が、ミンに声を掛ける。
「幾ら何でも、ふたりで食するには余りにも量が多かろう。……あと、氷を入れたクァイを、大きめの水差しで貰ってきておいてくれ。多分、酒では、微妙な味などわからなくなるだろうからな」
「あのう、もし便乗して良ければ、私にも」
タリーが控えめに手を挙げる。デフィラが軽く首肯したのを見て、ミンは「かしこまりました、直ちに」と一礼し、場を離れた。
「……私の監督不行き届きで閣下に御不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」