「知らんのか? 傭兵隊に所属する俺達傭兵はな、正規隊の将兵と私闘に及んで相手の命を取ったら、死罪になっちまうんだ。だから俺は、貴様らの命は取らん。戦場に出れば幾らでも稼げる力量を持ってる俺の命と、丸腰の相手ひとりに手こずった挙句に伸されるような貴様ら腰抜け共の命とを引き替えにするのは、どう考えても馬鹿馬鹿しいだろ。……そろそろ、力量差を悟って尻尾巻いとけよ」
「ほざけ!」
酒が入っているせいで危機感が薄らいでいるのか、残る二名は青年の警告を無視する形で突っ込んだ。
「馬鹿が」
吐き捨てるように呟きつつ、青年は第一の相手の刃《やいば》を躱《かわ》す。そこへ、第二の相手の刃が突き出された。周囲の野次馬から悲鳴に似た喚声が一瞬上がったが、青年は素早く身を沈めていた。と見る間に相手は派手に転倒して、先程の仲間同様に苦痛の悲鳴を上げた。
「……凄いなぁ。マーナの傭兵は強いとは聞いてたけど」
ソフィアは感心したように嘆息した。
「強いというか……それ以上に喧嘩慣れしてますね、彼は。今のも、軽い肘打ちで相手の出足を挫いただけです」
タリーが応じる。
「足払い、肘打ち、自分からは仕掛けずに、相手の力を利用する立ち回り……致命的な怪我はさせまいと、一応の配慮はしているようですよ。……不謹慎な感想ですが、ウチの副長が相手なら、いい勝負になるかも」
彼らが小声の会話を交わしている間にも、残るひとりが滅茶苦茶にアラリランを振り回して青年に斬り掛かっている。青年は若干面倒臭そうな表情を浮かべた。最後に残った相手は他の六人より多少は腕に自信があるのか、他の者が倒されても自分は引っ込まないぞとムキになっているのが、傍目にもよくわかった。
さて青年傭兵はどうあしらうか、と興味津々で見ていたソフィアは、自分の向かいに当たる位置で先に転倒させられた兵士が呻きながら身を起こし、手にしていたアラリランを持ち上げたのを目にして、思わず声を上げた。
「──危ない!」
投じられたアラリランは、声に反応してか咄嗟に飛び退《の》いた青年には当たらなかった。
だが、本来当たるべき相手に当たらなかったそのアラリランは、勢い余ってソフィアの方へと飛んできた。
野次馬達の悲鳴は、次の瞬間、驚きのどよめきに変じた。飛んできたアラリランは、素早く割り込んだ別のアラリランに遮られ、人のいない場所へ叩き落とされていたのである。
飛来したアラリランを迅速に叩き落としてのけたタリーは、すぐに自分のアラリランを鞘に収め、一歩退いた。喧嘩騒ぎそのものに介入する気は、さらさらなかった。
青年傭兵が、ちらっと彼らの方を見る。興味を抱《いだ》いたような色がその表情によぎったが、当座、目の前の喧嘩相手を優先することにしたらしい。今迄の動きが子供あしらいであったことを示すかのような勢いで、相手がアラリランを振り下ろしてくる手首をつかみざま背後に回り、嫌と言うほど腕をねじ上げる。不吉な音がして、相手が白目を剥いた。
「あーあ、肩、外されちゃいましたねえ……」
タリーが苦笑する。それを聞いて、ソフィアは不安げに声を潜めた。
「肩を外すって……それじゃ大怪我ですよ、あの傭兵、罰を受けたりしないですか」
「いえ、人通りの多い街路で武器を振り回す方が明らかに悪いです。この程度なら、あの傭兵は全くお咎めなしでしょうよ。……町中で武器を振り回すだに物騒なのに、まして投げるとは。関係のない民間人に当たったらどうするんだか。武器を使うなら、少しは考えて立ち回ってほしいものです」
「……そうだな」
ララドも苦い笑みを見せる。
2008年10月アーカイブ(古→新)
どもども、野間みつね@予約投稿です。
さて、第十九回です。
思い掛けず主人公その壱まで登場する展開となったものの、顔見せ程度で終わってくれるものと、まあ、この回の半ばぐらいまでは考えておりました。此処で彼までもがこの三人に絡んできたら、話が更に長くなりまくりますし、何より、自分の雇い主(=王)の顔ぐらい、暫く見てれば気付いちゃいそうだし(汗)。
でも。
青年傭兵が、ちらっと彼らの方を見る。興味を抱《いだ》いたような色がその表情によぎったが、当座、目の前の喧嘩相手を優先することにしたらしい。今迄の動きが子供あしらいであったことを示すかのような勢いで、相手がアラリランを振り下ろしてくる手首をつかみざま背後に回り、嫌と言うほど腕をねじ上げる。不吉な音がして、相手が白目を剥いた。
……此処で、「やばっ(汗)」と思いましたね(苦笑)。
作者の目から見ると、“もっと面白そうな相手を見付けたんで、当座の相手をさっさと片付けた”ってのが、丸わかり(爆)。
長い間書いてなかったもんなぁ、前半でもあれだけ他のキャラクター達が暴れたんだし、まして本伝の主人公その壱、そう簡単に引っ込んでくれる気はなさそうだなぁと、長嘆息して筆を進める作者なのでありました。
それでは、また次回。
「あの正規兵ども……本来なら武器の持ち出しも含めて厳罰だが、報告する者がいなければ上には伝わらぬからな」
「まあ、あれだけこてんぱんにされれば、少しは懲りたでしょう。私見ですが、報告が上がってこない限り、処罰の追い打ちは要らないと思います」
これらの遣り取りは全て小声で為されたので、素手のひとりが武器を携帯した七人を片付けたという結果に興奮する周囲の野次馬の耳には入らなかった。
「……あの傭兵、こちらを見ています。長居をすると、要らぬ詮索をされそうだ。退散しましょう」
「僕、ちょっとだけ話してみたいんですけど」
異国の長老候補のお気楽な呟きに、タリーはかぶりを振った。
「皆の注目を集めている最中《さなか》の相手に話し掛けられたら、こちらまで注目を浴びます。若先生はともかく、先生は色んな人から顔を知られています。気付く者がいたら大変です」
「そっか、そうだよね。残念だな」
小さな嘆息を洩らして肩をすくめたソフィアは、潔く自分から騒ぎに背を向けた。
だが──
「……付けられていますね」
幾らも行かない内に、タリーが呟いた。
「しかも、わざと気付かれるように、堂々と。……相手が傭兵だけに、このまま接してしまうと、先生の正体に気付かれる可能性が高いです。少々危険ですが、一旦別れる形を採りましょう。私の馴染みの店に、御案内します。その店の女将《おかみ》なら、口は堅い。仮に先生の正体に気付いたとしても、気付かない振りをしてくれる筈です。……多分、相手が関心を持ったのは、腕の程を垣間見せた私の方だと考えますので」
「そなたの身に心配はないか」
「御案じなく、先生。いざという時には力の限りを尽くして逃げますので」
にっこり笑って、彼は、道を変えた。ゾラド通りから通りを一本外れ、更に少しばかり奥まった路地に入り、そこから別の通りへと出る。大通りに比べて不揃いではあるが一応石畳が敷かれているということは、経済的に恵まれているとは言い難いものの日々の糧《かて》に困窮しているというわけでもない、庶民の中でも中間どころの住人が多い地区であろう。
程なく、一軒の小料理屋の前で、タリーは足を止めた。木製の扉は内側に開かれていて、中からは昼時の賑わいと美味しそうな料理の香りとが漂ってくる。扉の上には、石組みの壁から突き出すように、三日月の形を象った看板が出されていた。
「……あのぅ、そう言えば、こんな感じの看板だったような」
ソフィアが呟く。
「でも、此処は、他国の使節が通るような通りではないんですよね?」
「通常はな」
ララドは頷きながら、店の中を覗き込んで「済みません、姐《ねえ》さん」と声を掛けているタリーを見遣った。
「お呼び立てして済みません、ドリー姐さん。急で申し訳ないんですけど、私の連れふたりを暫く預かっていただけませんか、勿論、昼食付きで」
「妙な頼み方だね、タリー坊や。訳ありのお連れさんかい」
店の入口に姿を見せたのは、四十代の初めか、行っていても半ばであろうと思しき、鮮やかな赤毛の女性であった。彼女は、タリーの後ろにいたふたりを一瞥し、タリーに目を戻すと、茶目っ気と生気の溢れる翠玉色の瞳をくるめかせて笑った。
ども、野間みつね@予約投稿です。
長々と続けてきた連載も、第二十回まで辿り着きました。
今回は、最後の新たな登場人物が追加されます。……まだ増えるんかい、と、みつね苦笑いでございます。
ただ、この女性は、本伝には登場しない(……今のところは予定がない)、外伝集の幾つかの作品(……いずれオフセット版に移植予定)にのみ登場するキャラクターです。
しかしながら、実は、前半で登場したマーナ側の登場人物達の内の何名かにとって随分と重要なポジションに座っているという、面白い女性でもあるのです。
とはいえ、今回の物語では、その“重要性”を窺わせる記載は殆ど入れてません。この「レーナから来た青年」の展開にとっては、本筋ではない事柄ですからね(笑)。
……それにしても、主人公その壱。
付けるんか、こら(汗)。
では、また次回。
おはようございます、野間@リアルタイム投稿です。
本日未明、水星が逆行を終えました。無論、まだ停滞状態ではありますが。
今回の水星逆行期では、どっぷりと、『ティブラル・オーヴァ物語』関係の執筆に浸かってました(汗)。幾ら私の場合水星逆行期に“過去の積み残し・やり残し”に目が向く傾向が強いと言っても、戻り方が激し過ぎです(爆)。
えーかげんに、喫緊の懸案に戻らないと、間に合いませんがな……
では、今日も一日、宜しくお願いします。
「ま、滅多に頼み事をしないタリー坊やが頼むんだから、掛値なしに大事なお連れさんなんだろうね。いいよ。坊やが迎えに来るまで預からせていただくよ」
「宜しくお願いします。それじゃ私はひとまず。──どうぞ、先生。また後程お迎えに参ります」
ララドとソフィアを店内に送り込んだタリーは、軽く一礼してから、店の前を離れた。
「……さて、と」
自分が昼食を摂る店を探しているといった風情で、ふらりふらりと歩き始める。幸いなことに、例の傭兵の関心は予想通りタリーの上にあったらしく、相変わらず適当な間隔を保って付いてくる。
「……こちらから、きっかけを作ってみる、か」
小声で独りごつと、タリーは、手近な焼き饅頭《まんじゅう》の屋台に寄った。挽肉《ひきにく》入りのものと菜漬け入りのもの、そして玉蜀黍《とうもろこし》の粒入りのものを選ぶ。昼食としては正直なところ物足りない代物ではあったが、傍らに椅子と円卓を幾つか並べてくれている点で、人目の多い屋外で食べたいという彼の要求に応え得る屋台だったのである。
「お茶も下さいね。温かい方で。……はい、お代は此処に」
丁度空いていた円卓の、通りを見渡せる椅子を選んで腰を下ろす。お茶をひと口啜り、ほっと息をつく。
買ったばかりの焼き饅頭の中から、まず菜漬け入りのものを選んでぱくりとやったところで、影が差した。
「美味いか、それ」
タリーは目を上げ、思った通りの相手をそこに見出すと、「なかなか、いけますよ」と、行儀悪くも咀嚼《そしゃく》しながら応じた。
「まだ、一種類目だけ、ですけどね」
「じゃあ試してみるさ」
青い髪の青年傭兵は、軽く笑みを浮かべると、屋台の店先へ足を転じた。
タリーは、またひと口お茶を啜ると、手中にあった焼き饅頭の残りを口の中へ押し込んだ。ふたつ目をどちらにしようかと迷い、ふたつ共を半分に割って見比べていると、青年傭兵が戻ってきた。
「相席させてもらうが、いいか」
「どうぞ」
タリーは穏やかに返すと、結局先に、玉蜀黍の粒が餡《あん》になっている半割りを手に取った。
「……何で、両方とも割ってるんだ?」
「どちらが後口としていいかと迷ったんで、半分ずつ食べてみることにしたんですよ。両方食べ比べてみて、より後口が良さそうだと思った方を、最後に頂きます」
「変な奴」
青年傭兵は小さく笑うと、自分が買ってきた焼き饅頭にかぶりついた。
「思い切ってどっちかを選んで食って、それで駄目だったら、失敗したな、で済ませた方が早いじゃないか。思い切りが悪い奴とか言われないか?」
「親しい先輩からは、確かに時々言われますね。『お前は、選択肢がふたつ以上あったら、取り敢えず全部を覗いてみてから決めようとする、さっさと思い切れ』って。……ところで、訊いてもいいですか」
「何を」
「確かに、さっき、目が合ったなあとは思っていましたけれど、此処まで付いてくるほどに関心を持たれたとは意外です。どうして付いてきたんです?」
「撒こうとするかな、と思ったんだ」
青年は、ふたつ目の焼き饅頭を頬張りながら答えた。
「あの若い奴の護衛って感じで、しかも並じゃない、凄腕の武官だと見たからな。あの一瞬にあれだけ的確な捌きが出来るのは、突発的な危険に対処出来るよう日頃から厳しく鍛えてる奴だけだ。それだけの腕の奴が付いてるってことは、あの若い奴を含めて、かなり偉い奴のお忍びなんだろう。だから、付けられたら拙いと見て撒こうとするかな、と悪戯っ気を起こしたんだが……あんたは逃げなかったな」
「撒ける気がしませんでしたから」
タリーは今度は挽肉入りの半割りを手に取った。
どもども、野間みつね@予約投稿です。
……第二十一回。
まぢですか。
どーして、タリーさんと彼が、こーゆー展開になるの(焦)。
どーやって、本伝で回収するんですか(泣)。
此処で知り合っちゃったら、5巻の展開、かーなーり修正しなければならないでわないですかー! (爆死)
一時は本当に頭を抱えました。
でも、なかったことにも出来ない。……いや、「此処で綺麗に撒いちゃったら、何ちゅーか、面白くないんだもん」と感じた時点で作者の負け(苦笑)。
……しかし、転んでも只では起きない野間みつね。
くそう、修正上等、知り合っちゃったもんはしょーがないやね、タリーさんには気の毒だけど、こーなったら将来の痛い展開を甘受してもらうか……などと“鬼・悪魔”の本領を発揮しつつ先々の話を練り直しているのでありました。
なお、余談ですが、此処でタリーさんの見せている“思い切りの悪さ”は、誰かさんそっくりだったりします……(赤面)
それでは、また次回。
「あの喧嘩騒ぎを見ただけで、君が相当な腕の持ち主だとはわかります。出来れば戦場で敵に回したくないと思いましたね」
「おいおい、あんた、マーナの人間だろ? 俺はマーナの傭兵だぞ」
半ば呆れたような青年傭兵の台詞に、タリーは苦笑で応じた。
「傭兵は、正当な報酬に命を懸ける。国や王族への忠誠心で動くわけではない。それは、君達傭兵にとっては誇りでさえある筈です。……でも、ということは、傭兵である君は、いつかマーナの敵に回る可能性が皆無というわけではないなと、私には思えるんですよ。考え過ぎと言われれば否定はしませんけど」
「……変な奴」
青年傭兵は、毒気を抜かれたような表情を見せた。
「正規隊の奴らは大抵、金目当てに戦う卑しい奴だと俺達を軽蔑してるのに」
「私は正規隊の人間ではありませんから、正規隊に対して何ら弁護すべき立場を持ちません。金を貰わない兵士だからその戦いは貴くて崇高だなんて断言されたら、そっちの方が妙な理屈だなと、私は感じます。……あと、正規隊の皆が皆、傭兵を蔑視しているわけではありません。そこのところ、逆に先入観で見ないでほしいと思いますよ。……って、嫌ですね、何だか説教じみてきて。そんな年寄りでもないんですが」
タリーは肩をすくめた。青年傭兵が、三つ目の焼き饅頭をひと口かじった後で、小首をかしげる。
「……あんた、幾つだ?」
「私ですか。二十六ですよ。あと数か月で、二十七になります」
「げっ? 俺より十も年上だったのか?」
切れ長の目を見開いて、青年は軽く呻いた。
「二十そこそこか、行ってても二十二、三かと思ってた」
「童顔だと言われますから。貫禄がないってことなんだろうな、と。まあ、もう少し年を取れば、年の割に若々しいと言ってもらえるようになるのかもしれません。……私の方こそ驚きですよ。十六で、あれだけの身のこなしとは。しかも、あの程度の兵卒達を相手に、本気で立ち回っていたわけではないのでしょう。まったく、末恐ろしい武人ですね」
「……あんたと手合わせしてみたいな」
「ええっ、冗談でしょう。私はまだ死にたくありませんよ」
タリーは軽くいなしておいて、目の前の、残るふたつの半割り饅頭を見比べた。やや暫く考え込む。どちらを後に回すべきか、食べ比べてみても決めかねたからであったが、ふと思いついて、両方共に手に取った。ふたつの半割り同士を割り口で合わせ、両方を一遍に口に出来る位置から食べ始める。青年傭兵が爆笑した。
「成程、その手があったか。……俺は結構、本気なんだけどな。流石の俺も、マーナ近衛と刃《やいば》を交えた経験はないから。噂に聞く“黒の部隊《ディーリー・ナーナ》”が如何ほどのものか、あんたと手合わせすれば推測が付くかなと思ったんだ」
タリーは動揺を面《おもて》に出すことなく、努めて淡々と焼き饅頭を咀嚼した。何故近衛兵であると見抜かれたのだろうかと、自分の発言を遡《さかのぼ》って考えてみるが、何処に問題があったのか、自分では見当が付かない。
「……近衛兵って、私がですか?」
「だってそうだろ」
青年傭兵は、笑顔の中で鋭い目を見せた。
「戦場に出ることがあるのに、正規隊の人間じゃないと言う。勿論、傭兵隊の人間でもない。となると、もう、近衛隊しか残ってないじゃないか」
「ははあ、そういう推理でしたか」
タリーは苦笑いを浮かべると、焼き饅頭の最後のひとかけを口中に放り込んだ。
どもども、野間みつね@予約投稿です。
……これ叩いてるの、10月15日です(爆)。
実は、前日分の予約投稿を叩いてから、1週間ほどが経過しています。
……しかし、転んでも只では起きない野間みつね。
くそう、修正上等、知り合っちゃったもんはしょーがないやね、タリーさんには気の毒だけど、こーなったら将来の痛い展開を甘受してもらうか……などと“鬼・悪魔”の本領を発揮しつつ先々の話を練り直しているのでありました。
……ごっ、御免なさいっ、既に書いちゃいましたっっ(苦笑)。
ムラ筆の本領発揮なのか、水星逆行(=私の場合、過去に積み残したこと・やり残したことに立ち戻る傾向強し)の影響なのか……
ただ、書いてみた大量の文章(……えーと、最近の当サークル装丁の本で言えば、今のところ39ページ分(爆死))を、本伝の時系列の何処に入れるかは、まだ不分明です。
一応、将来使える美味しい素材を下拵えしておいたということで(汗)。
色々な意味でタリーさんには痛い痛い話となったのですが(笑)、某展開に関わるかねてからの懸案を驚くほど無理なく解決出来てしまったので、此処で思い掛けず彼と知り合ってくれた主人公その壱くんには大感謝です(笑)。
……という話を敢えて出したのも、今回、連載第二十二回での対話が、後々、その“タリーさんには痛い痛い話”に於いて意味を持つことになるから、なのでした(苦笑)。
では、また次回。
「ですが、戦場に出ることのある人間は、それだけではありませんよ。それは何かと言えばそれが私の所属の答になるかもしれないので、言いませんけど」
「……まあ、いいさ。言うわけには行かない立場なんだろうから」
青年はあっさり引き下がった。
「だけど、名前くらい訊いてもいいか? 俺はマーナ傭兵隊のミディアム・カルチエ・サーガ」
「傭兵隊のミディアム……」
タリーはやや考え──そして思い出した。最近、周辺諸国で“青い炎《グルーグラス》”と恐れの込められた異名で呼ばれるようになりつつあるという若い傭兵のことを。
「……グルーグラス、という呼び名を聞いたことがありますが、それが君なんですか」
「自分から名乗ったわけじゃない」
ミディアム青年は肩を上下に揺らした。それもそうですね、と微苦笑したタリーは、お茶を飲み干した。
「……私は、タリー・リン・ロファ。さるお方にお仕えしている武人です。……ついでに話しておきますと、城の中にも出入り出来る身なので、君が関心を持っている近衛隊の練兵を眺めることも多いですが、幾ら“黒の部隊《ディーリー・ナーナ》”と恐れられていても、それは多くの者が並の騎兵十人分に相当する力量を有しているというだけの話です。だから、例えば君が並の騎兵千人分に相当する力量を持っていたなら、彼らは君の敵ではないですよ」
「並の騎兵十人分というだけ、とは事もなげに言うもんだな。……で、あんた自身は、その“黒の部隊”の連中と戦うとしたら、どの程度だと自分で思ってる?」
問われて、タリーは考え込んだ。謙遜するのが半ば習い性となってはいるが、ナカラ近衛隊長の指摘を待つまでもなく、自分は、隊内で二十名といない一等近衛兵である。また、先輩であり“マーナ随一の剣士《リラニー》”との誉れも高いノーマン近衛副長からも、「お前は、近衛隊の中じゃ、俺の次か、次の次ぐらいに腕の立つ奴なんだから」と何度となく言われている。
「……うーん、そうですねえ……三等近衛兵ぐらいなら、一度に五人まで、何とか相手出来るかもしれないと感じますね」
結局、実際よりも随分と控えめに、タリーは答えた。マーナ近衛隊では、一対一だけでなく、ひとりで多人数を相手にする訓練も課される。如何に自分の身を守りつつ相手を減らしていくかという対処能力が問われるわけだが、タリーはこの訓練で、常に二十人以上を蹴散らしている。幾ら相手の大半が三等近衛だからと言っても、そのひとりひとりは並の騎兵十人分に相当すると言われているのだから、極めて単純に計算すれば、彼の力量は“並の騎兵二百人以上”ということになる。
しかし、それを素直に答えれば、この青年傭兵は、ますます以て手合わせしたいと言い出しかねない。残してきた主君とレーナの長老候補のことも、そろそろ気になる。
「……何となく、五倍掛けして受け取っておいた方が良さそうだな」
ミディアム青年はそう呟いて、自分が先に立ち上がった。
「どうも、あんたのお仕えしているお方とやらは、俺の雇い主のようだし」
「……はあ、信用されてないんですねえ」