「あの喧嘩騒ぎを見ただけで、君が相当な腕の持ち主だとはわかります。出来れば戦場で敵に回したくないと思いましたね」
「おいおい、あんた、マーナの人間だろ? 俺はマーナの傭兵だぞ」
半ば呆れたような青年傭兵の台詞に、タリーは苦笑で応じた。
「傭兵は、正当な報酬に命を懸ける。国や王族への忠誠心で動くわけではない。それは、君達傭兵にとっては誇りでさえある筈です。……でも、ということは、傭兵である君は、いつかマーナの敵に回る可能性が皆無というわけではないなと、私には思えるんですよ。考え過ぎと言われれば否定はしませんけど」
「……変な奴」
青年傭兵は、毒気を抜かれたような表情を見せた。
「正規隊の奴らは大抵、金目当てに戦う卑しい奴だと俺達を軽蔑してるのに」
「私は正規隊の人間ではありませんから、正規隊に対して何ら弁護すべき立場を持ちません。金を貰わない兵士だからその戦いは貴くて崇高だなんて断言されたら、そっちの方が妙な理屈だなと、私は感じます。……あと、正規隊の皆が皆、傭兵を蔑視しているわけではありません。そこのところ、逆に先入観で見ないでほしいと思いますよ。……って、嫌ですね、何だか説教じみてきて。そんな年寄りでもないんですが」
タリーは肩をすくめた。青年傭兵が、三つ目の焼き饅頭をひと口かじった後で、小首をかしげる。
「……あんた、幾つだ?」
「私ですか。二十六ですよ。あと数か月で、二十七になります」
「げっ? 俺より十も年上だったのか?」
切れ長の目を見開いて、青年は軽く呻いた。
「二十そこそこか、行ってても二十二、三かと思ってた」
「童顔だと言われますから。貫禄がないってことなんだろうな、と。まあ、もう少し年を取れば、年の割に若々しいと言ってもらえるようになるのかもしれません。……私の方こそ驚きですよ。十六で、あれだけの身のこなしとは。しかも、あの程度の兵卒達を相手に、本気で立ち回っていたわけではないのでしょう。まったく、末恐ろしい武人ですね」
「……あんたと手合わせしてみたいな」
「ええっ、冗談でしょう。私はまだ死にたくありませんよ」
タリーは軽くいなしておいて、目の前の、残るふたつの半割り饅頭を見比べた。やや暫く考え込む。どちらを後に回すべきか、食べ比べてみても決めかねたからであったが、ふと思いついて、両方共に手に取った。ふたつの半割り同士を割り口で合わせ、両方を一遍に口に出来る位置から食べ始める。青年傭兵が爆笑した。
「成程、その手があったか。……俺は結構、本気なんだけどな。流石の俺も、マーナ近衛と刃《やいば》を交えた経験はないから。噂に聞く“黒の部隊《ディーリー・ナーナ》”が如何ほどのものか、あんたと手合わせすれば推測が付くかなと思ったんだ」
タリーは動揺を面《おもて》に出すことなく、努めて淡々と焼き饅頭を咀嚼した。何故近衛兵であると見抜かれたのだろうかと、自分の発言を遡《さかのぼ》って考えてみるが、何処に問題があったのか、自分では見当が付かない。
「……近衛兵って、私がですか?」
「だってそうだろ」
青年傭兵は、笑顔の中で鋭い目を見せた。
「戦場に出ることがあるのに、正規隊の人間じゃないと言う。勿論、傭兵隊の人間でもない。となると、もう、近衛隊しか残ってないじゃないか」
「ははあ、そういう推理でしたか」
タリーは苦笑いを浮かべると、焼き饅頭の最後のひとかけを口中に放り込んだ。