交換日記ブログ「里の茶店 万年貸切部屋」の中から、
里長・野間みつねの投稿のみを移植したブログ。
2008年6月以降の記事から、大半を拾ってきてあります。
 

「レーナから来た青年」 (20/27)

「あの正規兵ども……本来なら武器の持ち出しも含めて厳罰だが、報告する者がいなければ上には伝わらぬからな」
「まあ、あれだけこてんぱんにされれば、少しは懲りたでしょう。私見ですが、報告が上がってこない限り、処罰の追い打ちは要らないと思います」
 これらの遣り取りは全て小声で為されたので、素手のひとりが武器を携帯した七人を片付けたという結果に興奮する周囲の野次馬の耳には入らなかった。
「……あの傭兵、こちらを見ています。長居をすると、要らぬ詮索をされそうだ。退散しましょう」
「僕、ちょっとだけ話してみたいんですけど」
 異国の長老候補のお気楽な呟きに、タリーはかぶりを振った。
「皆の注目を集めている最中《さなか》の相手に話し掛けられたら、こちらまで注目を浴びます。若先生はともかく、先生は色んな人から顔を知られています。気付く者がいたら大変です」
「そっか、そうだよね。残念だな」
 小さな嘆息を洩らして肩をすくめたソフィアは、潔く自分から騒ぎに背を向けた。
 だが──
「……付けられていますね」
 幾らも行かない内に、タリーが呟いた。
「しかも、わざと気付かれるように、堂々と。……相手が傭兵だけに、このまま接してしまうと、先生の正体に気付かれる可能性が高いです。少々危険ですが、一旦別れる形を採りましょう。私の馴染みの店に、御案内します。その店の女将《おかみ》なら、口は堅い。仮に先生の正体に気付いたとしても、気付かない振りをしてくれる筈です。……多分、相手が関心を持ったのは、腕の程を垣間見せた私の方だと考えますので」
「そなたの身に心配はないか」
「御案じなく、先生。いざという時には力の限りを尽くして逃げますので」
 にっこり笑って、彼は、道を変えた。ゾラド通りから通りを一本外れ、更に少しばかり奥まった路地に入り、そこから別の通りへと出る。大通りに比べて不揃いではあるが一応石畳が敷かれているということは、経済的に恵まれているとは言い難いものの日々の糧《かて》に困窮しているというわけでもない、庶民の中でも中間どころの住人が多い地区であろう。
 程なく、一軒の小料理屋の前で、タリーは足を止めた。木製の扉は内側に開かれていて、中からは昼時の賑わいと美味しそうな料理の香りとが漂ってくる。扉の上には、石組みの壁から突き出すように、三日月の形を象った看板が出されていた。
「……あのぅ、そう言えば、こんな感じの看板だったような」
 ソフィアが呟く。
「でも、此処は、他国の使節が通るような通りではないんですよね?」
「通常はな」
 ララドは頷きながら、店の中を覗き込んで「済みません、姐《ねえ》さん」と声を掛けているタリーを見遣った。
「お呼び立てして済みません、ドリー姐さん。急で申し訳ないんですけど、私の連れふたりを暫く預かっていただけませんか、勿論、昼食付きで」
「妙な頼み方だね、タリー坊や。訳ありのお連れさんかい」
 店の入口に姿を見せたのは、四十代の初めか、行っていても半ばであろうと思しき、鮮やかな赤毛の女性であった。彼女は、タリーの後ろにいたふたりを一瞥し、タリーに目を戻すと、茶目っ気と生気の溢れる翠玉色の瞳をくるめかせて笑った。

2022年9月

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