ななさん企画の「創作TALK」参加記事・第二弾です。
野間みつねの中にある「千美生《ちみぶ》の里」の主要な住人達が、忘年会宜しく今年を振り返ったり来年の見込みを語ったりする楽屋モノの小品になっていますので、さらっと読み流していただければ。
ゆるゆるながらも一応は小説っぽい体裁を採ったので、行間は少し広めにしておきますね(汗)。
あと、傍点は便宜的に、文字の強調で示します。
なお、文中のリンク先は原則、サイト内の紙媒体作品データまたは作品そのものの公開ページとなっておりますが、一部に外部サイトがございます。予め御了承ください。
以上、お粗末様でした~。
来年も、里人共々、拙作をどうぞ宜しくお願いします。……年が明けましたら、毎年恒例の年頭抱負記事を公開致しますね(笑)。
野間みつねの中にある「千美生《ちみぶ》の里」の主要な住人達が、忘年会宜しく今年を振り返ったり来年の見込みを語ったりする楽屋モノの小品になっていますので、さらっと読み流していただければ。
ゆるゆるながらも一応は小説っぽい体裁を採ったので、行間は少し広めにしておきますね(汗)。
あと、傍点は便宜的に、文字の強調で示します。
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「千美生《ちみぶ》の里」の里長《さとおさ》・野間みつねの執筆部屋には、時折、里の住人がやってくる。
里の住人――有り体《てい》に言うなら、野間みつね作品の登場人物達のことだ。野間みつねの作中人物は、里長の〝被造物〟ではなく、里に住んでいる住人なのである。……だから、作者たる里長の思惑を超える方向に走っていって、話自体を長くしてしまうことさえある。
……おっと、話が逸れそうになった。話題にすべきは、執筆部屋への彼らの来訪だ。
普段、彼らは、里内にある自分達の宿所――作品世界ごとに分けられており、互いに交わることはない――に居て、好き勝手に過ごしている。しかし、里長の執筆部屋は、あらゆる作品世界と通じている場所なので、別の作品世界の住人達と鉢合わせすることも少なくない。
「……って、鉢合わせにも程があるだろ。一体何人呼んだんだ、ぎゅうぎゅうじゃないか」
ぶつぶつ文句を言っているのは、里の中では一番の古株に近い住人、頼山紀博《よりやま のりひろ》。里長が主に中学から高校時代に掛けて書き散らしてきた『レジェンダリィ・クレイン』シリーズの主人公で、反則級の超・超能力者である。オフセット印刷物として纏まった形では『エモーショナル・サイオニック』しか里の外には出ていないが、短編集などで小品に顔を覗かせることはある。……ただ、去年も今年も全く動きがなく、そういう点では、暇を持て余していると言えなくもない。
「里長の急な呼び出しに応じられるほどに暇な『主人公くらす』とやらがそれだけ多かった、ということだろう」
二〇〇八年に上下巻で完結済みの似非歴史物『まなざし』の主人公である土方歳三《ひじかた としぞう》は、相変わらずの洋装で座椅子にゆったりと胡坐《あぐら》を掻く。作中、宇都宮城の攻防戦で足指を銃弾に削られ、僅かに不自由になっている……と見做されている為、座席が少ない場合でも優先的に座ることが出来るのである。
「……里の歴史を見るに、こういう場合の仕切り役は大抵方ケーデル殿が務めていたと思うが、今回はどうなるのかな」
「作品世界を跨り過ぎると流石に厳しいですね、私に限らず、所謂〝架空世界物〟の登場人物は」
里長が高校時代から書き続けている〝準ライフワーク作品〟『ミディアミルド物語』の主人公その二、と言われている〝マーナの知将《ドー・ルーム》〟ケーデル・サート・フェグラムは、歳三の真向かいにある座椅子で慣れない正座に手間取りながら、苦笑気味に肩を竦める。生粋の日本人で黒髪黒目の紀博や歳三とは異なり、陽光の流れ落ちるような輝きに彩られた金色の髪と、深く澄んだ青い瞳の持ち主だ。決して美男子と呼ばれる男ではないのだが、低さと涼やかさが同居した美声の故に〝黙って座っていれば十人並だが口を開けば美男子〟と言われることもある。
「それよりも、我々がどの立ち位置に居れば良いのかが……。特に私の場合は、一度『改訂前版』で退場済みなのですが、『おふせっと改訂版』とやらではまだ十巻までしか出ていない現在、その頃の私として喋らねばならないのか……」
「そんなの当たり前だろ。話の展開だって、『改訂前版』とは思いっ切り変わってるんだし、そもそも『改訂前版』なんて、片手の指で数えられる面々にしか読まれてないじゃないか」
座椅子が足りずに立ちっ放しの組としてケーデルの後ろに居た『ミディアミルド物語』主人公その一こと〝青い炎《グルーグラス》〟ミディアム・カルチエ・サーガが、紀博と全く同じ声で口を挟む。……まあ、見た目の顔立ちも殆ど紀博と変わらないのだが、髪と目の色が濃青色であるし、何より服装が異なるので、その点で見分けは付く。
「あ、お前の〝大転機〟は、来る年齢以外は殆ど変わらないみたいだけどな?」
「……改訂版十巻の頃の私として喋る以上、その話題には触れられないのだが?」
「今のお前だとしても触れられないだろ、展開ネタバレって奴になるから」
ミディアムは笑う。……里の住人は原則、作中で死を迎えている場合は〝死の直前の時間軸〟から切り取られた状態で暮らしている。だが、『ミディアミルド物語』は、現在まさに改訂刊行中の作品である。ミディアムとケーデルの会話は、それを踏まえた上での、「自分達は実際には改訂前版の状態で暮らしているのだが、現在進行中の改訂版の立場に合わせるべきか否か」談義であった。
「それにしても、作品の長短に関わらず上限二名までってのは厳しかねェか? おかげで色気が殆どねえぞ」
歳三と全く同じと言っても良い顔立ちなのに歳三の後ろで立ちっ放し組に加わっているのは、『綺譚 月石《げっせき》の民』シリーズの内藤隼人《ないとう はやと》。……まあ、彼は、箱館戦争での戦死後に月石の民として〝生まれ変わった〟土方歳三で、既に月石の民として生きている時間の方が長いこともあり、『まなざし』の歳三よりも捌けた雰囲気が強い。また、月石の民は〝不老難死〟であるが故に〝生前〟の負傷による不利益も解消されており、為に、こうして立ちっ放しでも支障がないのである。……因みに、里の外へ作品として公表された中で最も時代が新しいのが、現代を舞台にした短編「Escape!」と「それは、二月十五日の夜に」……否、300字ショートショートの「歳三《おれ》達の場合 2017」で、今のところ作中での〝もう生き返れない〟落命には至っていない為、里内ではその辺りまでを踏まえた状態で暮らしている。
「大体、主人公クラスって指定なのに、お前ら主人公だったか? って連中が来てるし」
「……悪かったな」
むすっとした表情で呟いたのは、緑色の飾り布を巻き込んだ白ターバンに黒マント、の下に黒ローブという出《い》で立ちの青年。最初は立ちっ放しの組、しかも「土足禁止が面倒だ」と言って部屋の外に居たのだが、此処に集まった里人の中で最も背が高く、突っ立たれてたら鬱陶しいし邪魔だから座れと歳三から強引に隣の席を与えられ、黒ブーツを脱いだ裸足の片胡坐《かたあぐら》で不本意そうに長身を屈めている。
「いや、別に悪かねェが、お前らのとこの『小説BADOMA』とやらは、パーティー八人の中で誰が主人公とはハッキリ決められてなかったンじゃなかったっけか?」
「あ、それ、誰が行けばいいのかなって里長に訊いたら、『もう続編の執筆には取り掛かってますから、タンジェ君とクニンガン君で無問題ですねー』って言われたんだ」
体毛が茶色く背中の針が緑色という〝ハリネズミ〟を、そのまま人間の子供サイズに大きくして、少し手足を伸ばした……といった感じの外見、そこに衣服らしきものを器用に纏った生き物が、申し訳なさそうに耳の裏を掻く。タロパ族と呼ばれる種族の青年、クニンガンである。短い足を座卓の下に投げ出して座りはしているが、尻尾が閊えるので……と座椅子は使わず、座卓の短辺側で畳に直に陣取っている。完結済みノベライズ作品『小説BADOMA』の勝手な続編では、斜め隣で片胡坐を掻いている友人・黒魔道師タンジェと共に旅に出る……ことになっているが、残念ながら、まだ執筆がそこまで辿り着いていない。
「あー成程、シリーズの主人公クラスだから無問題、ってわけか。確かに、続編の方なら、ゲームノベライズの方で割と目立ちまくってた吟遊詩人の兄ちゃんの出番は三巻辺りまでないらしいしな。考えたな里長」
にやりと笑った隼人は、場に集った面々を見渡し、「んー……この中だと、全体を見て司会が出来るのは頼山氏だけじゃねえか?」と首をかしげた。
「呼び出した里長自身が仕切るのが一番なのに、席を外してやがるんだもンなァ。……頼山氏なら、何だかんだで里の事情に一番通じてるだろ。何故か妙に里の事情に通じてるって辺りだとケーデルの奴もそうなんだろうが、今回の場合は〝改訂版本伝十巻までモード〟で喋らなきゃならねえってな制約があるし」
「うーん、俺は司会向きの性格じゃないんだけどなぁ」
紀博は苦笑いしたが、仕方なさそうに軽く両手を挙げ、クニンガンの向かいに当たる座卓の短辺側、座椅子が置かれていなかった場所にすとんと腰を落ち着けた。
「まあいいか、今年の振り返りと来年の見込みについてだし、あんまり面倒な話にはならないだろ。……で、今年の振り返りと言えば、まずは何と言っても『魔剣士サラ=フィンク』のおふたりさん……って言うか、他の作品は本の形では里の外に出てないも同然だから、おふたりさんに訊くしかないんだけど、えーと、サラ=フィンク、兎にも角にも完結はしたようで、今年を振り返ってどうだった?」
その言葉に、ミディアムの隣の位置で佇んでいた黒ずくめの青年――サラ=フィンクは、居心地悪げに身じろいだ。紀博やミディアムほどには野間みつね作品の典型的な主人公顔というわけではないが、タンジェ同様に黒い髪と黒い瞳、しかも一重瞼で切れ長の目、という点では間違いなく野間みつね作品の主人公顔の要素を持っている。……まあ、皆々、疲れてきたり目をこすったりすると奥二重であることが判明するというパターンが多いのだが、これは歳三や隼人もそうなので、何だ結局主人公クラスはみんな何処かしらが同じ目鼻立ちってことではないのか……という疑惑が涌いてこないでもない。……あーいや勿論、そもそもケーデルは全然〝野間みつねの主人公顔〟ではないし、紀博とミディアムが髪と目の色が違うだけのそっくりさんで、歳三と隼人が作品世界が違うだけの同一人物である、という事実は勘案していただきたいところではあるのだが。
因みに、サラ=フィンクの場合、強いて言うなら、同じ切れ長一重瞼の黒目と黒髪でも、紀博よりはタンジェと似通っていると言えなくもない。……特に、耳の形が。
「……脱稿が、こっちの暦で五月で、入稿とやらの締切が六月末だったから、結構ぎりぎりだった。だから推敲し切れてなくて、印刷後に、ぼろぼろミスが見付かってる。もう半年寝かせられていれば、もっとまともな状態で出せてたんだろうが……どうしても、今年の夏の祭典とやらに間に合わせないとならなかったらしい」
「あーっと、そういう振り返り……でいいのかな? 何か違う気が……」
「違う?」
「違うと言い切るのは語弊があるけど……」
紀博は苦笑いを浮かべた。彼の知る限り、『魔剣士サラ=フィンク』の面々には、この種の楽屋モノ座談会の経験がない。そのせいだろう、何をどう話せば良いかが今ひとつピンと来ていない様子が窺えるのだ。
「君の振り返りの側面が欠けてるんだ」
「作品の今年を振り返るわけじゃないのか?」
「あ、わかった。今サラ=フィンクが喋ったのって、里長さんの代弁みたいなコメントだったでしょ? 多分、そういう振り返り方じゃなくて、今年のあたし達がどう過ごしたかを訊かれてるんじゃないかしら」
この場の紅一点、サラ=フィンクの前で座椅子に横座りしているミルシェことミルシリア・エル・カーリーが、草色の瞳をパッと輝かせ、正鵠を得た言葉を挟む。先日里長のインタビューを受けていることもあって、多少は勝手がわかっていたのかもしれない。
「でも、そういう意味だと、今年の新作部分って、去年から書いてて越年になった話からよね。……そう言えば、あの話って、珍しくサラ=フィンクの語りで進んだのよ。サラ=フィンクが語り手になるのはあたしと出会う前の昔の話だけよねーって思ってたから、吃驚したわ」
彼女が言っているのは、「北行の旅路」篇のことである。第二部最終話「王の復活」のひとつ手前の話で、確かに、サラ=フィンクの一人称で物語が進行する。
「ああ、あれは、わざとだな。前に、語り手が伊東の奴だった話の話題で、里長が話してたことがある」
歳三が低い笑いを洩らす。……伊東、とは、新選組で一時期参謀を務めたこともある伊東甲子太郎《いとう かしたろう》のことである。『まなざし』に於いては、無茶苦茶簡単に言えば、歳三に恋着した余りに身を滅ぼすことになった人物として描かれている。
「確か、語り手の思考が揺らいだり矛盾したり一方に偏って凝り固まったりする様を書いて、その流れに読み手を引き摺り込む……と言って悪ければ誘導するのに向いている、といった趣旨のことを言っていた」
「今回の話だと、視野が狭くなる辺りを狙ってたんだろうな」
紀博もくすくすと笑う。
「里長の手口をよーくよく知ってる俺の目から見たら、うわぁ、やばいぞこいつ、事前に情報を得るチャンスを何度も貰ってるのに全部自分で潰して回ってるぞ……都合の好い方向に自分を納得させて油断しまくってるぞ……だったしなぁ。ついでに、改ページと改段のタイミングまでガッチリ調整された最後の最後でドン! って遣り口も、里長のお馴染みの技だったし」
サラ=フィンクは不機嫌そうな表情を見せたが、流石に何も抗弁は出来なかったらしく、沈黙を守った。
「まあ、それでも概ねの大団円には辿り着けたわけですから、良かった方でしょう」
何処か場を取り持つような口調で、ケーデルが涼やかな低声を挟む。
「めでたしめでたし、とは言い切れない終わり方だったとは思いますが……」
「え? 全くの平和な結末に読めたけど、違うのか?」
首をかしげるミディアムに、ケーデルは肩を竦めた。
「サラ=フィンク殿にとっては永訣が潜んでいただろう。大方の面々にとって平和に見える結末でも。……ともあれ今年は、ようやく〝里の外に出た〟ばかりですし、続編はないにせよ外伝集の話も出ているようですから、来年もそこそこ動きはありそうですね。所謂ネタバレに抵触しない範囲で、来年の抱負などありますか」
ケーデルの奴、何だかんだ言いながら結局司会っぽい発言を始めてるじゃねェか――と思った隼人であったが、黙っていた。どんな役割にせよ、場で最も向いている者が務めるのが無難であるに決まっているのだ。
「あたしは出番がなさそうだから暇だけど、サラ=フィンクは少しは出番があるの?」
ミルシェの問い掛けに、サラ=フィンクは中途半端なかぶりの振り方をした。
「……出るとしても、子供の頃の俺だ」
「つまり、予定されている外伝集は親世代の話が中心になるということですね?」
「ああ。ただ、来年の刊行は無理だと思う、と里長が話していた。何でも、発表から一年間の他出制限を受ける話が混じっていて、そちらが今年の内の公開にはならないらしいから、自ずと来年の刊行は無理、という話だった。だから、来年は、リファーシアを舞台にした話が本の形で里の外へ出ることはないと思う」
……相変わらず、里長の代弁めいたコメントだと舌が滑らかになるサラ=フィンクである。
「成程。……恐らく来年は、我々を含め、今年の内には外へ出してもらえなかった作品世界の住人が外に出る番になるのでしょう。そちらの方も、確か動いていましたね」
ケーデルから「そちら」として話を振られた黒魔道師タンジェは、やや不本意げに肩を竦めた。
「動いていると言えるのかどうか。あんなに短いプロローグが、まだ終わってない為体《ていたらく》だし。……動き始めれば一気だと言いたいところだが、そっちも動いてるみたいだし、どっちが先になるか」
「本伝の続き、何年も出ていってないからなぁ」
「そっち」と目を向けられたミディアムが、苦い笑みを浮かべる。
「夏までに形になってくれたら少しホッと出来るんだが、こっちもまだ最初の章が終わってないんだ。次の十一巻で色々と大ごとが起きて、ケーデルの奴にも〝大転機〟ってのが来るわけだから、さっさと出せよって感じなんだけどな」
「……展開ネタバレは厳禁だぞ、ミディアム・サーガ」
「この程度じゃ展開ネタバレとは言わないだろ。精々仄めかしって奴だ」
「あー、ほら、そこ、陰険漫才やってないで、話を進めるように」
紀博が苦笑気味に割って入った。……一応、脱線しかけたら自分が引き戻さねばならない、という意識は残っているらしい。
「見込みとしては、タンジェのところの続編第一巻か、ミディアムのところの続きか、どちらかが夏の祭典に間に合えば、という感じかな?」
「うーん、俺達としてはそうだと有難いんだけど、番狂わせの大穴も有り得るからなぁ」
ミディアムはまたぞろ苦笑いでかぶりを振る。
「番狂わせの大穴?」
「例えば、今日此処には来てないけど、『通り名《ランナーネーム》はムーンストーン』のところの新作とか、あとは『まなざし』のところの傍話集の下巻とか」
「ああ、亡霊の奴が語り手になる話か」
歳三が笑う。……「亡霊の奴」とは、先述の伊東甲子太郎の成れの果て、殺されても成仏し切れず歳三の周囲に暫く居続けた亡霊のことである。この里の『まなざし』エリアには、「生身先生」とも俗称される生前の伊東甲子太郎と、「亡霊先生」とも俗称される亡霊の伊東甲子太郎とが、全く違和感なく同時に存在しているのである。
「こっちには、余程のことがない限り来ないと思う。何しろ里長が、『下巻を出すより、全部纏めて一冊にしようかなあ』とか何とか呻いてるからな。何でも、下巻の原稿が、単純計算で上巻と中巻を足した分量よりも多くなる見込みなんだとさ」
下巻だけ太いんじゃ恰好が付かないから、いっそ一冊に――ってことらしいな、と歳三は唇を緩めた。
「それはこっちも……えーと、代理応答になるけど、『通り名はムーンストーン』の方も似たような事情があるから、多分、来年は無理だと思う」
咄嗟に「こっち」と言ってしまって言い繕いながら、紀博が言葉を挟む。勿論、作品世界は別でも背景世界は同じ〝架空の世界史の延長線上にある未来世界〟だから、「こっち」と言っても変ではない、のだが……作者たる里長の目から見ると明らかに〝うっかり口を滑らせかけた〟発言である。おいおい。
「そのシリーズの新作を出すなら、品切絶版になってる第一作『600万ダラーの仕事』を先に改訂再版しなきゃならない、って言ってるもんな、里長。因みに、第二作目のタイトルは、前々から『サイオニック・リョーコ』になるって決まってるらしい」
……『600万ダラーの仕事』のタイトル元ネタがわかる方なら、何ゆえ次作タイトルが『サイオニック・リョーコ』に決まっているのかも恐らくわかっていただけるのではなかろうか……というのが里長の密かな呟きである。
「そんな訳だから、どっちの作品も『新しいのを書いて出せばいい』という話にはならなくて、その分、刊行へのハードルが高い。それよりは、『ミディアミルド物語』や、『小説BADOMA』続編の方が、書いたらそのまま出せる分、世には出易いと思う」
あと、夏の祭典とやらには〝創作文芸〟ジャンルで参加してるから、刊行の優先度は『ミディアミルド物語』の方が高いんじゃないかな――という紀博のコメントに、ミディアムは嘆息を洩らした。
「どうかなぁ……そういう時に限って、タンジェの奴の方の話が先に進んだりしそうなんだよな、里長の今迄の所業を見るに」
「……それなら、こっちとそっち、二冊とも出せばいいだけの話だろ」
「タンジェ、そんな気楽に言っちゃ駄目だよ」
タロパの青年クニンガンが、困ったように制する。
「新年からの半年なんて、意外に短いんだ。……どっちも間に合わない可能性だってあるんだし」
「下手をしたら、新刊は『蔵出しミックスナッツ』系の第三弾『捻り出しミックスナッツ』です、って羽目になっちまうよな。避けたい未来だろうけど」
隼人が肩を竦める。……冗談に聞こえないのが怖い。
「流石にそれはないと思いたいですね。……順調に行けば、我がマーナでの話が大半になる予定の巻ですから、本命は私達の本伝十一巻でしょう」
「何だよケーデル、レーナでの話が大半だったら出ないだろうってか?」
「穿ち過ぎだな、ミディアム・サーガ。……次巻の流れはマーナ側に向かうし、里長が前から『書いておきたい』と話している諸々がマーナ側の人間の方に大いに溜まっているという事実を捉えての話だ。……ともあれ、なるべく早めに、里の外へ出ておきたいものですね」
「……さらっと誤魔化された気がするぞ、くそっ」
ミディアムは軽く口を尖らせたが、気を取り直したように「まあいいか」と呟いた。
「仮に夏の祭典には無理だったとしても、来年の内には何とかなるだろ」
「ま、何にせよ、忙しいのは結構なこった。……俺の方は、今年全く動きがなかったからなァ。来年も動く気配は皆目ねェし、まあ、里の外に出ねェ辺りを色々冷やかして歩くさ」
軽く伸びをした隼人が、「ん、そう言えば、俺で最後だったか?」と些かばつが悪そうに呟く。視線を受けたケーデルは、静かに微笑みながら頷いた。
「そうですね、土方殿は何げなく話されてしまわれましたし、あとは内藤殿だけでした」
「そっか、悪ィ悪ィ。……とは言え、実は、俺の話も、大穴の一角ではあるんだぜ? 『歳三《おれ》達の場合』は、何でか知らねェが思い出したように貰われていく話で、『もっと読みたい』ってな読者が一部に居るらしい」
「だけど、里長はひとりしか居ないし……動く時は一気だけど、動かない時は本当に動かないから」
「だよなぁ」
紀博が苦笑気味にかぶりを振ると、ミディアムが同様に苦笑気味の嘆息で応じた。
「今年はとにかく『魔剣士サラ=フィンク』に明けて『魔剣士サラ=フィンク』に暮れるみたいな年だったから、来年はもっと色んな話が里の外に出ていく年になればいいよな」
「最低でも二冊は新作を、というところだろうな。……さて、では、そろそろお開きですか。皆さん、何か語り残したことはありますか」
ケーデルが面々を見渡すと、「はい」と隣で手が挙がった。
「でしたらミルシリア姫、どうぞ」
「有難う、ケーデルさん」
ミルシェは、会釈程度に頭を下げる。……後ろでひと括りに束ねられている金髪が、動きにつれて流れる。
「えーっと、来年、確かにあたし達は里の外には出ないと思うけど、あたし達の本は次の夏の祭典までは確実に最前面で積まれてると思うから、宜しくね、って」
その後は、ちょっとわかんないけど……と小声になるミルシェに、後ろのサラ=フィンクは肩を竦めた。
「初めてのイベントとやらに行く場合は、夏以降も最前面に積まれるだろう。……多分な」
「でも、他の本より桁外れに厚いでしょ? 物凄く場所取っちゃうからなぁ……」
「そこは里長が何とかしますから、心配しなくて良いですよ」
ケーデルは涼しい顔で宣《のたま》ってくれる。……うん、まあ、確かに、里長は今迄も何とかしてきたし、今後も何とかするけどね。
「では、本日はこれにてお開きと致しましょう。皆さん、お疲れ様でした」
結局場を仕切り終えてしまったケーデルが発した締めの言葉で、里長の執筆部屋に集っていた面々は「じゃあな」だの「好いお年を」だのと挨拶し合いながら退席してゆく。
……が、紀博とケーデルだけは何故か、立ち上がろうとせず、その場に残っていた。部屋の入口から最も遠いが故に動き出すのが最後になったミディアムが、怪訝そうに振り返る。
「何してるんだ、ケーデル。戻らないのか」
「結局、司会のような恰好になったしな。皆の退席を見届けてから戻る」
「ふうん、律儀だな」
じゃ、お先に、とミディアムが執筆部屋を出ていく。それを見送ったケーデルは、紀博に目を転じた。
「どうされたのですか、頼山殿」
……素知らぬ顔で胡坐を掻いたまま居残っていた紀博は、問われて初めて、半眼で薄い笑みを浮かべた。
「いやー、折角だから、ちゃんと皆の退席を見届けようと思って」
「……それは確かに、最初は頼山殿が司会をされてはいましたが……結局は私が仕切らせていただきましたし、お気遣いは無用に」
「気遣って残ってるというか、見たくて残ってるというか。……ま、取り敢えず、足を何とか崩すこった。正座のままじゃ、ずーっと立ち上がれないぞ?」
にやっ、と人の悪い笑みを浮かべる紀博に、ケーデルは二度瞬いた。……この〝二度の瞬き〟こそは、滅多なことでは動揺を面に出すことのない彼が、内心でひどく動揺した時の無意識の癖であった。
「……お人の悪い」
「いや、俺も何年か前に、里長から同じことやられたから。悪いが、正座に慣れない奴に敢えて正座させてるって時点で、オチは見えてたさ」
紀博は、ケーデルの足の裏を容赦なく――ぽんと軽くではあったが――叩く。流石に、くっ、と小さな呻きを洩らしたケーデルであったが、それでも可能な限り平然とした表情で、そろそろと用心深く足を崩した。
「……予想していたなら、その時点で教えていただきたかった」
「いやー、里人は、恰好悪いところを描いてもらえてこそ一人前、だろ。……なんてことは、お前も里長との付き合いが長いからよく知ってるもんだと思ってたんだが」
「……正直、油断していました」
ケーデルは座卓に突っ伏す。……作品世界が違う分、些少の弱さは見せても良い、と判断したのだろう。
「ま、作品世界なら〝らしくない〟油断でも、この部屋に来てる時は色々緩くなるから仕方ないさ。……出来るなら超能力《ちから》でさっさと治してやりたいところだけど、お前相手だと、そうも行かないしなあ。……ミディアムの奴には黙っててやるから安心しろ」
「……痛み入ります」
突っ伏したままで呻くケーデルは、まだ当分は動けそうにない。紀博は短く声立てて笑うと、さも何も知らぬげに今更入室してきた里長に、ぱちりと片目を瞑ってみせた。
里の住人――有り体《てい》に言うなら、野間みつね作品の登場人物達のことだ。野間みつねの作中人物は、里長の〝被造物〟ではなく、里に住んでいる住人なのである。……だから、作者たる里長の思惑を超える方向に走っていって、話自体を長くしてしまうことさえある。
……おっと、話が逸れそうになった。話題にすべきは、執筆部屋への彼らの来訪だ。
普段、彼らは、里内にある自分達の宿所――作品世界ごとに分けられており、互いに交わることはない――に居て、好き勝手に過ごしている。しかし、里長の執筆部屋は、あらゆる作品世界と通じている場所なので、別の作品世界の住人達と鉢合わせすることも少なくない。
「……って、鉢合わせにも程があるだろ。一体何人呼んだんだ、ぎゅうぎゅうじゃないか」
ぶつぶつ文句を言っているのは、里の中では一番の古株に近い住人、頼山紀博《よりやま のりひろ》。里長が主に中学から高校時代に掛けて書き散らしてきた『レジェンダリィ・クレイン』シリーズの主人公で、反則級の超・超能力者である。オフセット印刷物として纏まった形では『エモーショナル・サイオニック』しか里の外には出ていないが、短編集などで小品に顔を覗かせることはある。……ただ、去年も今年も全く動きがなく、そういう点では、暇を持て余していると言えなくもない。
「里長の急な呼び出しに応じられるほどに暇な『主人公くらす』とやらがそれだけ多かった、ということだろう」
二〇〇八年に上下巻で完結済みの似非歴史物『まなざし』の主人公である土方歳三《ひじかた としぞう》は、相変わらずの洋装で座椅子にゆったりと胡坐《あぐら》を掻く。作中、宇都宮城の攻防戦で足指を銃弾に削られ、僅かに不自由になっている……と見做されている為、座席が少ない場合でも優先的に座ることが出来るのである。
「……里の歴史を見るに、こういう場合の仕切り役は大抵方ケーデル殿が務めていたと思うが、今回はどうなるのかな」
「作品世界を跨り過ぎると流石に厳しいですね、私に限らず、所謂〝架空世界物〟の登場人物は」
里長が高校時代から書き続けている〝準ライフワーク作品〟『ミディアミルド物語』の主人公その二、と言われている〝マーナの知将《ドー・ルーム》〟ケーデル・サート・フェグラムは、歳三の真向かいにある座椅子で慣れない正座に手間取りながら、苦笑気味に肩を竦める。生粋の日本人で黒髪黒目の紀博や歳三とは異なり、陽光の流れ落ちるような輝きに彩られた金色の髪と、深く澄んだ青い瞳の持ち主だ。決して美男子と呼ばれる男ではないのだが、低さと涼やかさが同居した美声の故に〝黙って座っていれば十人並だが口を開けば美男子〟と言われることもある。
「それよりも、我々がどの立ち位置に居れば良いのかが……。特に私の場合は、一度『改訂前版』で退場済みなのですが、『おふせっと改訂版』とやらではまだ十巻までしか出ていない現在、その頃の私として喋らねばならないのか……」
「そんなの当たり前だろ。話の展開だって、『改訂前版』とは思いっ切り変わってるんだし、そもそも『改訂前版』なんて、片手の指で数えられる面々にしか読まれてないじゃないか」
座椅子が足りずに立ちっ放しの組としてケーデルの後ろに居た『ミディアミルド物語』主人公その一こと〝青い炎《グルーグラス》〟ミディアム・カルチエ・サーガが、紀博と全く同じ声で口を挟む。……まあ、見た目の顔立ちも殆ど紀博と変わらないのだが、髪と目の色が濃青色であるし、何より服装が異なるので、その点で見分けは付く。
「あ、お前の〝大転機〟は、来る年齢以外は殆ど変わらないみたいだけどな?」
「……改訂版十巻の頃の私として喋る以上、その話題には触れられないのだが?」
「今のお前だとしても触れられないだろ、展開ネタバレって奴になるから」
ミディアムは笑う。……里の住人は原則、作中で死を迎えている場合は〝死の直前の時間軸〟から切り取られた状態で暮らしている。だが、『ミディアミルド物語』は、現在まさに改訂刊行中の作品である。ミディアムとケーデルの会話は、それを踏まえた上での、「自分達は実際には改訂前版の状態で暮らしているのだが、現在進行中の改訂版の立場に合わせるべきか否か」談義であった。
「それにしても、作品の長短に関わらず上限二名までってのは厳しかねェか? おかげで色気が殆どねえぞ」
歳三と全く同じと言っても良い顔立ちなのに歳三の後ろで立ちっ放し組に加わっているのは、『綺譚 月石《げっせき》の民』シリーズの内藤隼人《ないとう はやと》。……まあ、彼は、箱館戦争での戦死後に月石の民として〝生まれ変わった〟土方歳三で、既に月石の民として生きている時間の方が長いこともあり、『まなざし』の歳三よりも捌けた雰囲気が強い。また、月石の民は〝不老難死〟であるが故に〝生前〟の負傷による不利益も解消されており、為に、こうして立ちっ放しでも支障がないのである。……因みに、里の外へ作品として公表された中で最も時代が新しいのが、現代を舞台にした短編「Escape!」と「それは、二月十五日の夜に」……否、300字ショートショートの「歳三《おれ》達の場合 2017」で、今のところ作中での〝もう生き返れない〟落命には至っていない為、里内ではその辺りまでを踏まえた状態で暮らしている。
「大体、主人公クラスって指定なのに、お前ら主人公だったか? って連中が来てるし」
「……悪かったな」
むすっとした表情で呟いたのは、緑色の飾り布を巻き込んだ白ターバンに黒マント、の下に黒ローブという出《い》で立ちの青年。最初は立ちっ放しの組、しかも「土足禁止が面倒だ」と言って部屋の外に居たのだが、此処に集まった里人の中で最も背が高く、突っ立たれてたら鬱陶しいし邪魔だから座れと歳三から強引に隣の席を与えられ、黒ブーツを脱いだ裸足の片胡坐《かたあぐら》で不本意そうに長身を屈めている。
「いや、別に悪かねェが、お前らのとこの『小説BADOMA』とやらは、パーティー八人の中で誰が主人公とはハッキリ決められてなかったンじゃなかったっけか?」
「あ、それ、誰が行けばいいのかなって里長に訊いたら、『もう続編の執筆には取り掛かってますから、タンジェ君とクニンガン君で無問題ですねー』って言われたんだ」
体毛が茶色く背中の針が緑色という〝ハリネズミ〟を、そのまま人間の子供サイズに大きくして、少し手足を伸ばした……といった感じの外見、そこに衣服らしきものを器用に纏った生き物が、申し訳なさそうに耳の裏を掻く。タロパ族と呼ばれる種族の青年、クニンガンである。短い足を座卓の下に投げ出して座りはしているが、尻尾が閊えるので……と座椅子は使わず、座卓の短辺側で畳に直に陣取っている。完結済みノベライズ作品『小説BADOMA』の勝手な続編では、斜め隣で片胡坐を掻いている友人・黒魔道師タンジェと共に旅に出る……ことになっているが、残念ながら、まだ執筆がそこまで辿り着いていない。
「あー成程、シリーズの主人公クラスだから無問題、ってわけか。確かに、続編の方なら、ゲームノベライズの方で割と目立ちまくってた吟遊詩人の兄ちゃんの出番は三巻辺りまでないらしいしな。考えたな里長」
にやりと笑った隼人は、場に集った面々を見渡し、「んー……この中だと、全体を見て司会が出来るのは頼山氏だけじゃねえか?」と首をかしげた。
「呼び出した里長自身が仕切るのが一番なのに、席を外してやがるんだもンなァ。……頼山氏なら、何だかんだで里の事情に一番通じてるだろ。何故か妙に里の事情に通じてるって辺りだとケーデルの奴もそうなんだろうが、今回の場合は〝改訂版本伝十巻までモード〟で喋らなきゃならねえってな制約があるし」
「うーん、俺は司会向きの性格じゃないんだけどなぁ」
紀博は苦笑いしたが、仕方なさそうに軽く両手を挙げ、クニンガンの向かいに当たる座卓の短辺側、座椅子が置かれていなかった場所にすとんと腰を落ち着けた。
「まあいいか、今年の振り返りと来年の見込みについてだし、あんまり面倒な話にはならないだろ。……で、今年の振り返りと言えば、まずは何と言っても『魔剣士サラ=フィンク』のおふたりさん……って言うか、他の作品は本の形では里の外に出てないも同然だから、おふたりさんに訊くしかないんだけど、えーと、サラ=フィンク、兎にも角にも完結はしたようで、今年を振り返ってどうだった?」
その言葉に、ミディアムの隣の位置で佇んでいた黒ずくめの青年――サラ=フィンクは、居心地悪げに身じろいだ。紀博やミディアムほどには野間みつね作品の典型的な主人公顔というわけではないが、タンジェ同様に黒い髪と黒い瞳、しかも一重瞼で切れ長の目、という点では間違いなく野間みつね作品の主人公顔の要素を持っている。……まあ、皆々、疲れてきたり目をこすったりすると奥二重であることが判明するというパターンが多いのだが、これは歳三や隼人もそうなので、何だ結局主人公クラスはみんな何処かしらが同じ目鼻立ちってことではないのか……という疑惑が涌いてこないでもない。……あーいや勿論、そもそもケーデルは全然〝野間みつねの主人公顔〟ではないし、紀博とミディアムが髪と目の色が違うだけのそっくりさんで、歳三と隼人が作品世界が違うだけの同一人物である、という事実は勘案していただきたいところではあるのだが。
因みに、サラ=フィンクの場合、強いて言うなら、同じ切れ長一重瞼の黒目と黒髪でも、紀博よりはタンジェと似通っていると言えなくもない。……特に、耳の形が。
「……脱稿が、こっちの暦で五月で、入稿とやらの締切が六月末だったから、結構ぎりぎりだった。だから推敲し切れてなくて、印刷後に、ぼろぼろミスが見付かってる。もう半年寝かせられていれば、もっとまともな状態で出せてたんだろうが……どうしても、今年の夏の祭典とやらに間に合わせないとならなかったらしい」
「あーっと、そういう振り返り……でいいのかな? 何か違う気が……」
「違う?」
「違うと言い切るのは語弊があるけど……」
紀博は苦笑いを浮かべた。彼の知る限り、『魔剣士サラ=フィンク』の面々には、この種の楽屋モノ座談会の経験がない。そのせいだろう、何をどう話せば良いかが今ひとつピンと来ていない様子が窺えるのだ。
「君の振り返りの側面が欠けてるんだ」
「作品の今年を振り返るわけじゃないのか?」
「あ、わかった。今サラ=フィンクが喋ったのって、里長さんの代弁みたいなコメントだったでしょ? 多分、そういう振り返り方じゃなくて、今年のあたし達がどう過ごしたかを訊かれてるんじゃないかしら」
この場の紅一点、サラ=フィンクの前で座椅子に横座りしているミルシェことミルシリア・エル・カーリーが、草色の瞳をパッと輝かせ、正鵠を得た言葉を挟む。先日里長のインタビューを受けていることもあって、多少は勝手がわかっていたのかもしれない。
「でも、そういう意味だと、今年の新作部分って、去年から書いてて越年になった話からよね。……そう言えば、あの話って、珍しくサラ=フィンクの語りで進んだのよ。サラ=フィンクが語り手になるのはあたしと出会う前の昔の話だけよねーって思ってたから、吃驚したわ」
彼女が言っているのは、「北行の旅路」篇のことである。第二部最終話「王の復活」のひとつ手前の話で、確かに、サラ=フィンクの一人称で物語が進行する。
「ああ、あれは、わざとだな。前に、語り手が伊東の奴だった話の話題で、里長が話してたことがある」
歳三が低い笑いを洩らす。……伊東、とは、新選組で一時期参謀を務めたこともある伊東甲子太郎《いとう かしたろう》のことである。『まなざし』に於いては、無茶苦茶簡単に言えば、歳三に恋着した余りに身を滅ぼすことになった人物として描かれている。
「確か、語り手の思考が揺らいだり矛盾したり一方に偏って凝り固まったりする様を書いて、その流れに読み手を引き摺り込む……と言って悪ければ誘導するのに向いている、といった趣旨のことを言っていた」
「今回の話だと、視野が狭くなる辺りを狙ってたんだろうな」
紀博もくすくすと笑う。
「里長の手口をよーくよく知ってる俺の目から見たら、うわぁ、やばいぞこいつ、事前に情報を得るチャンスを何度も貰ってるのに全部自分で潰して回ってるぞ……都合の好い方向に自分を納得させて油断しまくってるぞ……だったしなぁ。ついでに、改ページと改段のタイミングまでガッチリ調整された最後の最後でドン! って遣り口も、里長のお馴染みの技だったし」
サラ=フィンクは不機嫌そうな表情を見せたが、流石に何も抗弁は出来なかったらしく、沈黙を守った。
「まあ、それでも概ねの大団円には辿り着けたわけですから、良かった方でしょう」
何処か場を取り持つような口調で、ケーデルが涼やかな低声を挟む。
「めでたしめでたし、とは言い切れない終わり方だったとは思いますが……」
「え? 全くの平和な結末に読めたけど、違うのか?」
首をかしげるミディアムに、ケーデルは肩を竦めた。
「サラ=フィンク殿にとっては永訣が潜んでいただろう。大方の面々にとって平和に見える結末でも。……ともあれ今年は、ようやく〝里の外に出た〟ばかりですし、続編はないにせよ外伝集の話も出ているようですから、来年もそこそこ動きはありそうですね。所謂ネタバレに抵触しない範囲で、来年の抱負などありますか」
ケーデルの奴、何だかんだ言いながら結局司会っぽい発言を始めてるじゃねェか――と思った隼人であったが、黙っていた。どんな役割にせよ、場で最も向いている者が務めるのが無難であるに決まっているのだ。
「あたしは出番がなさそうだから暇だけど、サラ=フィンクは少しは出番があるの?」
ミルシェの問い掛けに、サラ=フィンクは中途半端なかぶりの振り方をした。
「……出るとしても、子供の頃の俺だ」
「つまり、予定されている外伝集は親世代の話が中心になるということですね?」
「ああ。ただ、来年の刊行は無理だと思う、と里長が話していた。何でも、発表から一年間の他出制限を受ける話が混じっていて、そちらが今年の内の公開にはならないらしいから、自ずと来年の刊行は無理、という話だった。だから、来年は、リファーシアを舞台にした話が本の形で里の外へ出ることはないと思う」
……相変わらず、里長の代弁めいたコメントだと舌が滑らかになるサラ=フィンクである。
「成程。……恐らく来年は、我々を含め、今年の内には外へ出してもらえなかった作品世界の住人が外に出る番になるのでしょう。そちらの方も、確か動いていましたね」
ケーデルから「そちら」として話を振られた黒魔道師タンジェは、やや不本意げに肩を竦めた。
「動いていると言えるのかどうか。あんなに短いプロローグが、まだ終わってない為体《ていたらく》だし。……動き始めれば一気だと言いたいところだが、そっちも動いてるみたいだし、どっちが先になるか」
「本伝の続き、何年も出ていってないからなぁ」
「そっち」と目を向けられたミディアムが、苦い笑みを浮かべる。
「夏までに形になってくれたら少しホッと出来るんだが、こっちもまだ最初の章が終わってないんだ。次の十一巻で色々と大ごとが起きて、ケーデルの奴にも〝大転機〟ってのが来るわけだから、さっさと出せよって感じなんだけどな」
「……展開ネタバレは厳禁だぞ、ミディアム・サーガ」
「この程度じゃ展開ネタバレとは言わないだろ。精々仄めかしって奴だ」
「あー、ほら、そこ、陰険漫才やってないで、話を進めるように」
紀博が苦笑気味に割って入った。……一応、脱線しかけたら自分が引き戻さねばならない、という意識は残っているらしい。
「見込みとしては、タンジェのところの続編第一巻か、ミディアムのところの続きか、どちらかが夏の祭典に間に合えば、という感じかな?」
「うーん、俺達としてはそうだと有難いんだけど、番狂わせの大穴も有り得るからなぁ」
ミディアムはまたぞろ苦笑いでかぶりを振る。
「番狂わせの大穴?」
「例えば、今日此処には来てないけど、『通り名《ランナーネーム》はムーンストーン』のところの新作とか、あとは『まなざし』のところの傍話集の下巻とか」
「ああ、亡霊の奴が語り手になる話か」
歳三が笑う。……「亡霊の奴」とは、先述の伊東甲子太郎の成れの果て、殺されても成仏し切れず歳三の周囲に暫く居続けた亡霊のことである。この里の『まなざし』エリアには、「生身先生」とも俗称される生前の伊東甲子太郎と、「亡霊先生」とも俗称される亡霊の伊東甲子太郎とが、全く違和感なく同時に存在しているのである。
「こっちには、余程のことがない限り来ないと思う。何しろ里長が、『下巻を出すより、全部纏めて一冊にしようかなあ』とか何とか呻いてるからな。何でも、下巻の原稿が、単純計算で上巻と中巻を足した分量よりも多くなる見込みなんだとさ」
下巻だけ太いんじゃ恰好が付かないから、いっそ一冊に――ってことらしいな、と歳三は唇を緩めた。
「それはこっちも……えーと、代理応答になるけど、『通り名はムーンストーン』の方も似たような事情があるから、多分、来年は無理だと思う」
咄嗟に「こっち」と言ってしまって言い繕いながら、紀博が言葉を挟む。勿論、作品世界は別でも背景世界は同じ〝架空の世界史の延長線上にある未来世界〟だから、「こっち」と言っても変ではない、のだが……作者たる里長の目から見ると明らかに〝うっかり口を滑らせかけた〟発言である。おいおい。
「そのシリーズの新作を出すなら、品切絶版になってる第一作『600万ダラーの仕事』を先に改訂再版しなきゃならない、って言ってるもんな、里長。因みに、第二作目のタイトルは、前々から『サイオニック・リョーコ』になるって決まってるらしい」
……『600万ダラーの仕事』のタイトル元ネタがわかる方なら、何ゆえ次作タイトルが『サイオニック・リョーコ』に決まっているのかも恐らくわかっていただけるのではなかろうか……というのが里長の密かな呟きである。
「そんな訳だから、どっちの作品も『新しいのを書いて出せばいい』という話にはならなくて、その分、刊行へのハードルが高い。それよりは、『ミディアミルド物語』や、『小説BADOMA』続編の方が、書いたらそのまま出せる分、世には出易いと思う」
あと、夏の祭典とやらには〝創作文芸〟ジャンルで参加してるから、刊行の優先度は『ミディアミルド物語』の方が高いんじゃないかな――という紀博のコメントに、ミディアムは嘆息を洩らした。
「どうかなぁ……そういう時に限って、タンジェの奴の方の話が先に進んだりしそうなんだよな、里長の今迄の所業を見るに」
「……それなら、こっちとそっち、二冊とも出せばいいだけの話だろ」
「タンジェ、そんな気楽に言っちゃ駄目だよ」
タロパの青年クニンガンが、困ったように制する。
「新年からの半年なんて、意外に短いんだ。……どっちも間に合わない可能性だってあるんだし」
「下手をしたら、新刊は『蔵出しミックスナッツ』系の第三弾『捻り出しミックスナッツ』です、って羽目になっちまうよな。避けたい未来だろうけど」
隼人が肩を竦める。……冗談に聞こえないのが怖い。
「流石にそれはないと思いたいですね。……順調に行けば、我がマーナでの話が大半になる予定の巻ですから、本命は私達の本伝十一巻でしょう」
「何だよケーデル、レーナでの話が大半だったら出ないだろうってか?」
「穿ち過ぎだな、ミディアム・サーガ。……次巻の流れはマーナ側に向かうし、里長が前から『書いておきたい』と話している諸々がマーナ側の人間の方に大いに溜まっているという事実を捉えての話だ。……ともあれ、なるべく早めに、里の外へ出ておきたいものですね」
「……さらっと誤魔化された気がするぞ、くそっ」
ミディアムは軽く口を尖らせたが、気を取り直したように「まあいいか」と呟いた。
「仮に夏の祭典には無理だったとしても、来年の内には何とかなるだろ」
「ま、何にせよ、忙しいのは結構なこった。……俺の方は、今年全く動きがなかったからなァ。来年も動く気配は皆目ねェし、まあ、里の外に出ねェ辺りを色々冷やかして歩くさ」
軽く伸びをした隼人が、「ん、そう言えば、俺で最後だったか?」と些かばつが悪そうに呟く。視線を受けたケーデルは、静かに微笑みながら頷いた。
「そうですね、土方殿は何げなく話されてしまわれましたし、あとは内藤殿だけでした」
「そっか、悪ィ悪ィ。……とは言え、実は、俺の話も、大穴の一角ではあるんだぜ? 『歳三《おれ》達の場合』は、何でか知らねェが思い出したように貰われていく話で、『もっと読みたい』ってな読者が一部に居るらしい」
「だけど、里長はひとりしか居ないし……動く時は一気だけど、動かない時は本当に動かないから」
「だよなぁ」
紀博が苦笑気味にかぶりを振ると、ミディアムが同様に苦笑気味の嘆息で応じた。
「今年はとにかく『魔剣士サラ=フィンク』に明けて『魔剣士サラ=フィンク』に暮れるみたいな年だったから、来年はもっと色んな話が里の外に出ていく年になればいいよな」
「最低でも二冊は新作を、というところだろうな。……さて、では、そろそろお開きですか。皆さん、何か語り残したことはありますか」
ケーデルが面々を見渡すと、「はい」と隣で手が挙がった。
「でしたらミルシリア姫、どうぞ」
「有難う、ケーデルさん」
ミルシェは、会釈程度に頭を下げる。……後ろでひと括りに束ねられている金髪が、動きにつれて流れる。
「えーっと、来年、確かにあたし達は里の外には出ないと思うけど、あたし達の本は次の夏の祭典までは確実に最前面で積まれてると思うから、宜しくね、って」
その後は、ちょっとわかんないけど……と小声になるミルシェに、後ろのサラ=フィンクは肩を竦めた。
「初めてのイベントとやらに行く場合は、夏以降も最前面に積まれるだろう。……多分な」
「でも、他の本より桁外れに厚いでしょ? 物凄く場所取っちゃうからなぁ……」
「そこは里長が何とかしますから、心配しなくて良いですよ」
ケーデルは涼しい顔で宣《のたま》ってくれる。……うん、まあ、確かに、里長は今迄も何とかしてきたし、今後も何とかするけどね。
「では、本日はこれにてお開きと致しましょう。皆さん、お疲れ様でした」
結局場を仕切り終えてしまったケーデルが発した締めの言葉で、里長の執筆部屋に集っていた面々は「じゃあな」だの「好いお年を」だのと挨拶し合いながら退席してゆく。
……が、紀博とケーデルだけは何故か、立ち上がろうとせず、その場に残っていた。部屋の入口から最も遠いが故に動き出すのが最後になったミディアムが、怪訝そうに振り返る。
「何してるんだ、ケーデル。戻らないのか」
「結局、司会のような恰好になったしな。皆の退席を見届けてから戻る」
「ふうん、律儀だな」
じゃ、お先に、とミディアムが執筆部屋を出ていく。それを見送ったケーデルは、紀博に目を転じた。
「どうされたのですか、頼山殿」
……素知らぬ顔で胡坐を掻いたまま居残っていた紀博は、問われて初めて、半眼で薄い笑みを浮かべた。
「いやー、折角だから、ちゃんと皆の退席を見届けようと思って」
「……それは確かに、最初は頼山殿が司会をされてはいましたが……結局は私が仕切らせていただきましたし、お気遣いは無用に」
「気遣って残ってるというか、見たくて残ってるというか。……ま、取り敢えず、足を何とか崩すこった。正座のままじゃ、ずーっと立ち上がれないぞ?」
にやっ、と人の悪い笑みを浮かべる紀博に、ケーデルは二度瞬いた。……この〝二度の瞬き〟こそは、滅多なことでは動揺を面に出すことのない彼が、内心でひどく動揺した時の無意識の癖であった。
「……お人の悪い」
「いや、俺も何年か前に、里長から同じことやられたから。悪いが、正座に慣れない奴に敢えて正座させてるって時点で、オチは見えてたさ」
紀博は、ケーデルの足の裏を容赦なく――ぽんと軽くではあったが――叩く。流石に、くっ、と小さな呻きを洩らしたケーデルであったが、それでも可能な限り平然とした表情で、そろそろと用心深く足を崩した。
「……予想していたなら、その時点で教えていただきたかった」
「いやー、里人は、恰好悪いところを描いてもらえてこそ一人前、だろ。……なんてことは、お前も里長との付き合いが長いからよく知ってるもんだと思ってたんだが」
「……正直、油断していました」
ケーデルは座卓に突っ伏す。……作品世界が違う分、些少の弱さは見せても良い、と判断したのだろう。
「ま、作品世界なら〝らしくない〟油断でも、この部屋に来てる時は色々緩くなるから仕方ないさ。……出来るなら超能力《ちから》でさっさと治してやりたいところだけど、お前相手だと、そうも行かないしなあ。……ミディアムの奴には黙っててやるから安心しろ」
「……痛み入ります」
突っ伏したままで呻くケーデルは、まだ当分は動けそうにない。紀博は短く声立てて笑うと、さも何も知らぬげに今更入室してきた里長に、ぱちりと片目を瞑ってみせた。
以上、お粗末様でした~。
来年も、里人共々、拙作をどうぞ宜しくお願いします。……年が明けましたら、毎年恒例の年頭抱負記事を公開致しますね(笑)。