お勧め土産:パンフレットと大判ハンカチ まず、パンフレット。これは、たったの三百円とは信じ難いほどの内容である。展示室内の建物の絵と説明、長屋の住人の物語(決められ過ぎてはおらず、読み手の想像の余地が十二分に残されている)、当時の生活用具や風俗などなど、充実した解説が魅力。カラー写真満載を期待する向きにはがっかりされるかもしれないが、私などは、写真は好きなだけ展示室内で撮れるのだから不要だ、とも思う。もう帰りの交通費しか残ってないの〜、という方は仕方ないが、そうでなければ、食事代を三百円削ってでも入手しておくことをお勧めしたい。
 それから、これは伊東さん好きの方への個人的なお勧めだが、資料館グッズとして最近加わった大判ハンカチ、一枚五百円。このハンカチの図柄は、何と、先程紹介した「本所深川絵図」──つまり、伊東道場(嘉永五年発行なので、お師匠さんの代の頃の)がちゃんと載っている古地図なのだ。それがたったの五百円で手に入るのだから、懐に余裕があれば、是非一枚お手許に。……お察しの通り、さっきの古地図の写真は、このハンカチを撮影したもの(笑)。そして、あの写真で大きな赤丸が付けられていた箇所が、この資料館の展示室で再現されている界隈である。ふふふー、どぉお、伊東道場と近いでしょお♪
展示室入口にある本所深川絵図から、伊東道場 さて、それでは、早速中へ入ってみよう。入館料はこれまたたったの三百円。うーむ、区の施設だからとはいえ、こんなに展示が充実しているのに、そんなに安くていいのか? ちなみに、チケットの半券にも、本所深川絵図の一部が載っている。虫眼鏡で拡大しないと「伊東」の文字は読めないだろうが、ハンカチを買えない人はこちらで我慢するしかない……いや、展示室入口にもガラス板に描かれた本所深川絵図があるから、自分の撮影の腕やカメラに相当の自信のある方は、写真で狙っても良い。……私は、十枚近く挑戦して、やっと何とか字が読める写真が撮れた(爆)。……御近所が「小松町」とか「松賀町」になっているのは、気にしないことにしよう。今ではひと括りに「佐賀」と呼ばれている区域だし(苦笑)。こういう古地図の場合、普通の小さな町屋は住んでいる人の名前なんて出ないのだから、小なりと言えど名前が掲載されているということは、道場の規模が大きく且つ隆盛であったという証だろう。
豆助/長屋の於し津さんの所の屋根に座っている ……おっとっと、拙《つたな》い考察はこの辺にして、展示室へ降りよう。
 足を踏み入れると、長屋の屋根の上に座っている猫の豆助君がゆっくりと身を起こし、「にゃあお」と鳴いて出迎えてくれる。種明かしをすると、とある場所にセンサーが仕掛けられていて、入口から人が入ってくると感知、猫が身動きして鳴く、という仕組になっているのだ。が、此処はそういったカラクリのことは考えず、素直に愉しむのが宜しかろう。
 階段を下りたところから、下町の佇まい。漫然と回っても雰囲気は味わえると思う。しかし、折角だから、あちこちのお宅に上がり込ませてもらって、その芸の細かさを堪能してほしい。
 以下、当時の明るさ(暗さ)を再現した展示の雰囲気を伝えたくて可能な限りフラッシュを焚かずに撮影した写真の数々の内、展示の芸の細かさがよくわかるものを選んで並べてみた。フラッシュなしの為、シャッタースピードが低下して手ぶれ気味の写真もあるが、御容赦願いたい。なお、今迄のものも含め、写真には全てミニ解説が付けてあるので、カーソルを置いてみてもらえると有難い。……バルーンチップの出ない環境下の方、御免なさい(汗)。
 
八百屋さんの店先/売り物は季節毎に入れ替えられる 八百屋さんの奥/室内は当時の明るさを再現しているので、暗い 舂米屋《つきまいや》さんの飼鶏 町木戸の上の雀 稲荷鮨の屋台に置かれている包みの中身/ちゃんと作ってある 猪牙船《ちょきぶね》/背景の空は時間経過につれて刻々と様子が変わってゆく 屑入れの中には反故紙まで……って、これ、外来者が勝手に入れたゴミじゃないよね? 天麩羅屋の床見世に並べられている天麩羅(作り物)/皿の汚れ方もリアル
船宿の庭の塀には蝸牛が…… 庭の植物もだが、室内に飾られる花も季節で入れ替えられる お稲荷さん/初午《はつうま》の時はお供え物もやや豪華になる 惣後架《そうこうか》(共同便所)扉貼紙/「あけはなし たれかけ無用」とある(笑) ごみ溜め上の広告貼紙/「月水早おとし ちのみち妙やく」月の物を早く済ませる薬?
 
 写真は極力軽くしたが、何しろ数が多い為、ナローバンド環境(私もだが)の方にはきついと思う。申し訳ない。
 先にも書いたが、どの建物も、中に入ることが出来る。そこにある物に触れることも、写真を撮ることも出来る。中の見えない戸棚の中にもちゃんと生活用具が入っていたりすることがあり、開けて見るのも自由。但し、展示品の位置を変えたり、ましてや勝手に持って帰ったりはしないでほしい。
読み書き・手習い・裁縫・三味線師匠の於し津さんの部屋/脇に「佐賀町」の看板 嘆かわしいことに、資料館開設初期には、この手の不心得者が結構いたらしい。
 そして今でも、余りマナーの良いとは思えない振舞は絶えないようだ。以前、係員の方とお話をする機会に恵まれたが、見学者の思慮の足りない行動(殊に子供の悪戯)には悩まされているようであった。
 現に、何度となく此処へは訪れたが、大人の中にも眉をひそめたくなる振舞をする者が散見される。特に、人出の多い午後に行くと、無遠慮な態度を目にする機会が多くなる。一日《いちじつ》など、蕎麦の屋台から作り物の蕎麦を持ち出してきてかじっている子供がいた。呆れたことに、親までが一緒になってやっていた。確かに、手に取って見るのは自由だ。食べる真似をして雰囲気を味わうのも、悪くはない。しかし、皆が手を触れたり見たりする公共物を口にくわえてかじるのは、幾ら何でも悪乗りのし過ぎだ……と思うのだが、私の心が狭いのだろうか。
 そしてこの日も、戸口の敷居を踏んで出入りしていた子供達が、係員から注意を受けていた。敷居を踏まない、畳の縁《へり》を踏まない、というのは昔は当たり前のことだった気がするのだが……今は誰も教えてくれないのだろう。しかし、此処では、ちゃんと叱ってもらえる。有難いことだ。
 
 最後に、少しぐらいは、全体の風情が窺える写真も載せておこう。……どうも私の写真はディテールに集中する傾向があるから、全体をざっくり写したものは存外少ない。
 
船着き場界隈 水茶屋辺り 長屋の並び 惣後架(植木の前にある白い物は手水鉢)とごみ溜め/手前にちらと見えるのは井戸
 
 ……後ろの三枚は閉館間際の撮影なので、既に周囲が明るくなっている(苦笑)。一枚目の暗さが、通常の時間経過中の明るさである。御参考までに。
 
 そうそう、もし時間があれば、是非二階の小展示室にも回ってみてほしい。……「室」と言っていいのかとも思うほどのスペースだが(苦笑)。但し、区の小劇場やレクホールも併設されているので、そこでの開催イベントによっては、二階には入れない場合もある。そこのところは御了承願いたい。
深川資料館通りで/「まずい」が引っくり返っているということは…… 
 以上が、野間みつねの独断と偏見による、簡単な(?)深川江戸資料館紹介である。御興味のある方は、深川江戸資料館最新情報ページを紹介しておくので、こちらも御覧になっていただけると幸いである。
 
 さて、一七時の閉館間際まで粘って深川江戸資料館の見学を終え、外へ出た私。本来なら、此処でモデルコース散策は終わりである。
 しかし……
 心に引っ掛かるのは、伊東甲子太郎道場跡とされていた“佐賀一丁目三番地”だ。
 十中八九佐賀一丁目十七番地が正しいだろうとは思うものの、史跡登録時に堂々と書かれた三番地も気になる。万が一にも正しい位置がこちらだったりしたら、此処が道場跡なのねと何年も思い込み、時々立ち寄っては浸っていた十七番地は何なのよ、ということになるではないか。
 ……この際だ。ひとつ、三番地にも行ってみよう。
 周囲は既に薄暗くなり始めていたが、私は、来た道をてくてくと引き返し、再び佐賀一丁目へと向かった。……今考えれば、時間短縮の為に地下鉄で門前仲町へ戻っても良かった筈だが、ずっと歩きっ放しだったせいか、もはや歩くことしか頭になかったようだ[#ひとつ汗たらりマーク]
 ひとまず十七番地の深川佐賀町ビルへ行き、近くの紀文稲荷(但し、此処へ移されたのは昭和の終わり頃なので、元々此処にあったわけではない)で挨拶をしてから、問題の三番地を探して永代橋方面へ向かう。はっきりと地図を確かめてから来たわけではないので、辿る道は、所々の地番表示と推理と直感が頼りである。
 が、こういう時の私は、昔から、不思議と道に迷わない。
 ずんずん進んで永代通りへ出る所で、お目当てのものを見付けた。──建物の角に、「江東区佐賀一丁目3」の地番表示のプレート。
 よっしゃ、これを写真に撮ったら、今日のお馬鹿散策は終わりだぞー。
 そう思ってカメラを構え、プレートを大写しにパシャリ。
 
 ……ん?
 
 撮った後で、ふっと、妙な気分を覚える。
 何だか、この角度からの風景、物凄ーく見覚えがあるんだけど……
 よくよく見直すと、左斜め前に、佐賀一丁目のバス停。
 
 急いで永代通りに飛び出してみた私の目に写ったのは、まさにあの、イトーピア永代ビルの紫色の看板であった。
 
佐賀一丁目三番地/……あれ? 何処かで見たような看板が(爆) 
 
 多分間違いであろうとはいえ、一度は伊東道場跡地とされた佐賀一丁目三番地が、今では“イトーピア”……
 伊東先生ってば、まーた、最後の最後に面白いものを用意しておいてくださったのね(笑)。



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