小半時
《こはんとき》ほど待たされた後で、局長副長の前へ呼び出され、此度
《こたび》の放埒
《ほうらつ》の釈明
《しゃくめい》を求められた。
「斎藤君と永倉君からは、既
《すで》に話を聞いております」
とだけ、土方は言い、感情を窺
《うかが》わせぬ目で私の顔をじっと見据えた。当たり前であるが、どんな話を聞いたかは、一切
《いっさい》喋
《しゃべ》らない。……否
《いな》、本当に既に話を聞いているのかどうか。三人を個別に呼び出し、誰に対してもそのように言っているのかもしれぬ。
まあ、たとえそうであったとしても、私の釈明の中身が左右されるわけではないのだが。
「私が全て引き受けるからとおふたりを引き留
《と》めたのです」
二日目も三日目も、この世の名残
《なごり》に飲み明かそうと発議
《はつぎ》したのはこの私
──つまり、今回の放縦
《ほうしょう》の責めを負うべきは私なのだ
──と主張する。他のふたりがどう釈明したか
──或
《ある》いは、するか
──は知らぬ。だが、私ひとりのみを悪者にしていることだけはないであろう。
「もとより覚悟は出来ています。如何様
《いかよう》な処分でも甘んじて受けましょう」
「……では、伊東先生ひとりが全ての責めを負うが妥当
《だとう》と、内規
《ないき》通りに切腹を命じても、従容
《しょうよう》として従うと仰
《おお》せですか?」
土方の発した若干
《じゃっかん》意地の悪い問に、私は、微笑と共に頷
《うなず》いた。
「当然のこと。その覚悟がなくして、どうして此処
《ここ》へこうして戻れましょう。……否
《いな》、どうして最初から、斯様
《かよう》な流連
《いつづけ》が出来ましょう。掟
《おきて》通りに切腹と相成
《あいな》っても、それは、内規とは言え決まり事を軽視した我が浅慮
《せんりょ》の招く当然の結末。不服など申し立てません」
九割九分
《くわりくぶ》の勝ちと思ったこの賭
《か》けが、たとえ一分
《いちぶ》の負けに終わるとしても……
土方は、軽く目を細め、小さく唇
《くちびる》を引き結んだ。
「……局長。如何
《いかが》しますか」
それまで一言
《いちごん》も発することなく、むんずりと腕を組んでいた近藤は、土方に問われて初めて口を開
《ひら》いた。
「誰が言い出したことであれ、やったことは他の二名と同じ。よって処分も、他の二名と同じ。今回に限り、特段の配慮を以
《もっ》て一命留め置き、六日間の蟄居
《ちっきょ》を命じる。但
《ただ》し、それぞれの話を聞くに、最初に伊東君が居残ると言い出したことは明白であるから、私の居室での謹慎とする」
(間
《ま》も置かずに決断か……いや、最初から決めていたのだな)
恐らく、我々を呼び戻す時にはもう、処分の大枠は、近藤と土方ふたりの間で定められていたのだろう。沖田をよこしたのは、土方のささやかな嫌がらせ……と言って悪ければ、寛大な処分が待つことを悟らせぬ為の軽い脅
《おど》しだったに違いない。
……こういう時に“近藤の仕業
《しわざ》に違いない”とは全く思わぬ辺りは、私の度
《ど》し難
《がた》さではある。何故
《なぜ》なら、“土方の仕業に違いない”という判断の陰
《かげ》には、“土方の性格ならばやりかねない”という理性寄りの思考と、“たとえそれが私に害を及ぼす行為であっても、土方が私の為
《ため》に
[#「私の為に」に傍点]してくれた行為であってほしい”という何処
《どこ》か歪
《ゆが》んだ願望とが同居しているからである。
だから時々、奇妙な思いに囚
《とら》われることがある。
私が土方を苦しめたいと思う気持ちに駆られるのは、もしかしたら、“ただ単に土方の人知れず悩み苦しむ姿を見たいから”ではなく、“私に苦しめられた土方が逆に私を痛め付けてくることを望んでいるから”なのかもしれない、と。
(……何と、馬鹿なことを)
寛典
《かんてん》処置に感謝致しますと頭を下げながら、私は、内心でかぶりを振った。
近藤は静かであった。
私が同じ一室にいることを全く意識していないかのように書見台
《しょけんだい》に向かい、そして文机
《ふづくえ》に向かった。局長附
《きょくちょうづき》の小姓
《こしょう》から声を掛けられれば応
《こた》えて席を離れ、やがて戻ってきてはまた淡々と文机に向かい、書見台に向かった。
今回の島原
《しまばら》流連
《いつづけ》は、副長である土方が取り仕切っている新選組の掟への挑戦ではあったが、一面、局長である近藤の持つ権威への挑戦でもあり、その体面
《たいめん》を甚
《はなは》だ損
《そこ》ねる行為であった。尋問
《じんもん》や言い渡しの場でこそ怒りの色を見せず、落ち着いているように見えたけれども、さぞかし内心では私を憎悪していることであろう
──と予
《あらかじ》め覚悟をして彼の居室での謹慎に入った私は、その静けさに心中
《しんちゅう》かなり戸惑った。顔では何ら気にしている風
《ふう》も見せずに部屋の片隅で端座
《たんざ》し続けたが、余りの静けさ……ある種の無関心さに、段々と、別種の居心地の悪さ、気味の悪ささえ覚え始めていた。
(成程、これは確かに、自室での蟄居よりも重い処罰だ……)
私には、私がそこにいる事実すら無視される
──という経験はない。少なくとも、記憶にはない。あの土方でさえ、私を嫌うという形で、私がそこにいる事実を認めてくれている。だが、かつてあれほど「先生、先生」と事ある毎
《ごと》に話し掛けてきていた近藤から、まるで私がそこに座ってなどいないと言わんばかりの態度を示されると、思いの外
《ほか》に、突き放されて見捨てられたような気がしてならぬ。
(……我ながら、何たる身勝手)
自嘲
《じちょう》の笑みが自
《おの》ずと浮かんだ。新選組を内側から手に入れることを諦め、その外へ出ようとしているのは私の方だ。近藤の態度は、私の態度の鏡にしか過ぎないというのに、それを何処かしら恨みがましく思うなど、何と手前勝手な心の動きか……。
しかし、自嘲出来たのは、最初の日だけであった。
蟄居も二日目の後半となると、自嘲の思いすら浮かばなくなった。
Copyright (c) 2007 Mika Sadayuki
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