「まあ、予想よりは、持ち堪えた方だと思う。武術の心得を持たぬ聖職者としては上出来だろう」
「子供の頃には、少しだけなら体術なども習っていたんですけど……鉄の防具を帯びることを禁じられる長老候補に任じられてからは、馬に乗るぐらいしかしてませんから、体が鈍る一方です。……ええと、そう言えば、いつの間にか人がおひと方増えてますが、もし良ければ御紹介いただけませんか」
視線を向けられたタリー・ロファは、かすかに緑みを帯びた灰色の瞳に温和な笑みを湛えて一揖した。
「此処においでの皆様方にわざわざ御紹介いただくほどの者ではありません。マーナ近衛隊第二中隊所属、タリー・リン・ロファと申します。階級は一等近衛」
「一等近衛……そうですか、随分とお若く見えるのに、かの高名な“黒の部隊《ディーリー・ナーナ》”で一等近衛に任じられているということは、隊内でも指折りの実力をお持ちなのですね。私は、ソフィア・カデラ・レグ、レーナの長老候補です。宜しくお見知りおきください」
「……奇妙ですね、長老候補ソフィア」
相手が戻ってきてからはずっと黙っていたケーデルが、つと、意味ありげな微笑みを浮かべて口を開く。
「貴殿にとっては、この場で新たに紹介してもらわねばならない者は、タリー一等近衛だけ、ですか」
「え?」
ソフィア青年は怪訝な顔をし、不意の発言者を見返した。
「貴人の侍者と一見してわかるミン殿ならまだしも……貴殿に名乗った覚えもない私が、貴殿にとっては紹介してもらわずとも良い相手であるというのは、実に奇妙なことだと感じられるのですが。無論、私の存在など眼中にないというのであれば話は別です」
「ええっと……いえ、これは失礼しました、貴殿のことは既に、皆様の噂を聞いて、あれが高名なナドマ老の塾を出たというケーデル・フェグラム殿かと拝見しておりましたもので……皆様がお話しされていた通り、クード風のお召し物を身に纏っておいででしたし」
クードとは、彼らのような“大地の民”よりも北方に住む狩猟民族が冬場に着用する、丁度、埃よけ付きコートのような形の服である。元々のクードは寒さを遮る目的の為に相当ごついが、ケーデル青年のクードはその形を真似て仕立てられているだけの代物であり、異民族趣味の伊達な着こなしと言って世人に通る範囲の厚さ軽さであった。
「こう申しては何ですが、他の方とは形の異なるお召し物ですから、あの御仁かと見分けることは、さして困難でもありません」
「成程。では、私がケーデル・フェグラムだとわかっていたからこそ、此処へノーマン近衛副長を置き去りにして、人目を集めようと目論まれたわけですか」
「うえっ?」
それまで基本的に動揺の色を一切見せなかったソフィア青年の顔に、ぎくっとしたような色が初めてよぎる。
「……参ったな、そこまで見抜かれていましたか。流石はナドマ老の塾で学ばれていた方だ。改めまして、大変失礼を致しました」
ソフィア青年がそう言って一礼した時だった。
不意に、広間で、ざわめきが波打った。
真っ先に気付いたのは、広間の方を向いて立っていたタリー・ロファだった。ハッと居住まいを正し、軽く上官の腕を叩く。上官たるノーマン・ノーラは何事かと広間の方に目を遣ったが、半ば跳び上がるように立ち上がると、これまた居住まいを正した。ケーデル・フェグラムでさえ、一瞬遅れてざわめきの原因に気付くと、素早く席を立って姿勢を正した。気付いても一番恬淡としていたのはデフィラ・セドリックであったが、それでも体の向きを変え、近付いてきたその人物に対して非礼にならぬよう正対した。無論のこと、彼女の侍者に過ぎないミンは、最初から素早く跪き、目立たぬようにしている。