交換日記ブログ「里の茶店 万年貸切部屋」の中から、
里長・野間みつねの投稿のみを移植したブログ。
2008年6月以降の記事から、大半を拾ってきてあります。
 

「レーナから来た青年」 (8/27)

 諸刃の剣《つるぎ》ですけれどね、とケーデルは付け足した。
「そうと計算しての振舞と我々に見抜かれてしまったら、年若いながら油断ならない男としての印象が強烈に残る。……いや、どう転んでもいいかと割り切っているのか、或いは、我々が見抜けるかどうかと試しているのか」
「……それではまるで、ケーデル一等上士官のような青年だ、とも言えますかね。褒め言葉ですよ」
 ミン同様に席には着かず、ノーマンの傍らに立ったままでいるタリーは、のんびりとした風情で杯を傾ける。
「あ、順調に脱落したようです。良かったですねえ、副長」
「何がいいんだ。──人を虚仮《こけ》にしやがって、あの野郎」
 ノーマンは、紫がかった黒い瞳に浮かぶ腹立ちの色を隠そうともせず、ひと息でメリア酒を呑み干す。ケーデルは微苦笑を刻むと、小さくかぶりを振った。
「そう立腹なさらずとも、多分、彼は私よりは遙かに陽性で善良な気質の持ち主ですよ。頭の回りは速くとも、それを使って人を致命的な罠に陥れるほど極悪非道にはなれない。ですから、むしろ、タリー一等近衛に近い御仁ではないかなと、私は感じます。レーナにとって惜しむらくは、タリー一等近衛の域には未だ達していないようですが」
 タリーは目をしばたいた。
「……それ、私が褒められているんでしょうか」
「ええ。タリー一等近衛は、彼よりも一層自然に、怜悧さを周囲に隠しておいでです。良い意味で。ですから、余人に無用の警戒感を惹起させない」
 ケーデルは、こちらへ戻ってくる男女──気の毒なほど息を切らしているレーナの長老候補と、息ひとつ乱していない女性武人とに、静かに視線を当てた。
「ただ、彼が我々の知る誰に似ているかを考えても、余り意味はないでしょう。彼は、彼以外の何者でもない。少なくとも私は覚えておくことにしますよ、ソフィア・レグという人物。……レーナでの長老職は、宰相や主席将軍と並ぶ、国王の相談役のひとりです。我がマーナの長老職よりも、国政に参与する度合が大きい。その地位に将来座ることを予定されている青年であれば、覚えておいて損はない」
「……改めてそう言われてみれば、並み居る導者達を差し置いて十代半ばで長老候補に指名されたとは、ケーデル一等上士官も顔負けの大抜擢ですね」
 マーナでは夙に知られていることだが、ケーデル・フェグラムは、今を去ること二年前、将来の逸材を求めて高名な軍略家ナドマ老の私塾へ自ら赴いたマーナ王ララドの眼鏡に適い、十九歳の若さでマーナへ招かれた青年なのである。
「まさに。たった九人の塾生の中から選ばれた私など足下にも及ばない大・大抜擢ですよ」
 タリーの言葉にケーデルが苦笑したところへ、噂の長老候補は戻ってきた。まだ息は荒いが、口を利ける程度には快復しているようで、照れ臭そうな笑顔を円卓の面々に向けると、軽く頭を下げて口を開いた。
「お見苦しい姿をお見せしてしまって、失礼しました……でも、マーナに名だたる武家の名門セドリック家、その本家の実質的な当主でいらっしゃるデフィラ嬢と、ひと時なりとガダリカナを踊らせていただいたことは、私の一生の自慢、思い出になります。有難うございました」
「レーナ使節の一員として来た手前、恰好悪いところは余り諸人に見せたくなかったが、私と踊ってみたいという気持ちが、それに勝《まさ》ったそうだ。……それ以外の目論見とやらは、結局、話してはもらえなかったが。踊るだけで精一杯、喋るどころではなくなったのでな」
 デフィラが微笑する。

2022年9月

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