「ですが、恐らくその通りではないかと、私は見ています。このような宴席でのガダリカナとなれば、副長閣下がデフィラ一等士官をお誘いするのは、ほぼ間違いないこと。であれば、デフィラ一等士官が私の所に来ている時にガダリカナが始まれば、如何に私に近寄りたくない副長閣下であっても、必然的に自ら私の近くへ訪れることになる。……無論、普段ならば、私ひとりが此処に残されて終わりです。けれども、もし、副長閣下よりも先に、自分と踊ってくれとデフィラ一等士官に申し入れる誰かがいたとしたら? そしてその“誰か”が、おいそれとは断わりにくい、他国からの使節だったら? 取り残されるのは、諸人から面白おかしく不仲を噂されている閣下と私という、このような席では滅多と見られぬ組み合わせのふたりというわけです。異国の長老候補に関心を持って何げなしに目で追っていた御婦人方も、思わずこちらに関心を移したことでしょう。ちょっとした揉め事が近過ぎない場所で起こるかもしれないという状況の方が、刺激を求める御婦人方には、より魅力的ですからね。……マーナの人間ならば、ガダリカナが流れ始めた時に副長閣下とデフィラ一等士官の間に割って入ろうなど、考えも付かない。他国の者だからこそ思い付けた、大胆な策です」
「しかし、咄嗟にそこまで考えが回るものですかねえ。かの軍略家ナドマ老の私塾出身であるケーデル一等上士官ならいさ知らず」
タリーが、感心したような呆れたような嘆息を洩らす。ケーデルは小さく肩をすくめた。
「……私は、他国にもケーデル・フェグラムがいるかもしれない、という可能性は、常に頭の片隅に置いていますよ」
「貴様のような奴がふたりも三人もいてたまるかっ」
思わず毒づいたノーマンの台詞に、ケーデルは真顔で頷く。
「私も、そう望んでいます。……私は、あの青年は恐らく、『今日の自分は何だか目立ってしまってますけど、これこの通り恰好悪い姿だってちゃんとある、人畜無害な人間なんですよ、だから余り警戒しないでくださいね』と我々三名に示すことを目論んでいるのだろうな、と思っていました。それは多分それほど間違った見方ではないだろうと、今でも思っています。……勿論、彼は、最初からそうするつもりで機会を窺っていたわけではないでしょう。デフィラ一等士官が私の所へお見えになったのは偶然、その時にガダリカナが始まったのも偶然。但し、その偶然の重なりを好機として素早く捉えた辺り、只者ではない。……何度も言うように推測に過ぎませんが、恐らく、宴席を経巡る間に、我々三名についての噂を耳にし、その中で、副長閣下とデフィラ一等士官とのガダリカナが素晴らしいという話ばかりでなく、閣下と私との間柄がお世辞にも友好的とは見られていないことまでをも聞き知ったのでしょう。……閣下は二十代で既に近衛副長にまで昇進しているマーナ随一の剣士《リラニー》、順当に行けば、そう遠くない将来には近衛隊長。デフィラ一等士官も、将軍職昇進を目前にして一旦大失脚したものの、わずか四年で一等士官にまで返り咲いているほど有能な年若い武官。私は……まあ、此処に集うデラビダの貴婦人方から聞いた噂が情報源の中心なら、相手がどう考えたかは概ね推察出来ます。つまり、彼は、宴席の御婦人方の目を閣下と私の方に向けさせて自分の“恰好悪い”姿を見られる相手を減らすと同時に、先々マーナの国内で無視出来ぬ重要な立場に立つことになるであろうと目した我々三名に対して、レーナの長老候補である自分の存在を、なるべく警戒感は抜きで印象付けておきたい、そう考えたのではないでしょうか」