「何と言うか、此処、矢鱈と注目の的になってますよ。特に御婦人方など、ガダリカナそっちのけで、『まぁ、ほら御覧になって、あのノーマン様とあのケーデル様が御一緒よ、何が起こるかしら』なんて、うずうず、わくわく、しておいでです」
ガダリカナは元々、対になって踊る剣舞から発達した舞踏。現在演奏されているカーリダー・ガダリカナの他にも、デラクロア・ガダリカナ、メーザンス・ガダリカナなど幾つかの種類があるが、いずれも概してテンポが速く、素早さを要求される激しい動きと難しい足捌きとが特徴で、別名“倒れ込み曲”と呼ばれている。貴婦人方が「ああ、わたくし、もう、踊れませんわぁ……」とお目当ての男性の腕の中に倒れ込むのにぴったりの“踊り切れなくて当たり前”の舞曲だからであるが、その恰好の機会をふいにするほどこちらの様子が気になってしまって、結局踊りに参加しなかった貴婦人方が少なくない、ということらしい。
「……大したものだ」
ケーデルが低く呟く。白皙の頬には苦笑が刻まれ、わずかに赤みが射している。
「私の考えていたよりも他に、更に目論見があったとは……本当に、そこまでの効果を計算の上だったのか……もしもそうなら、なかなか機転の利く青年だな……」
殆ど独り言に近い台詞であったが、流石のケーデル嫌いのノーマンも、遂に関心に負け、訊き返さずにはおれなかった。
「機転が利く? どの辺が」
「彼は他国の人間で、しかも、マーナに使節としてやってきたのは初めてです。恐らく、マーナの文武百官の間柄を事前に詳しく知っていたわけではない筈。此処からは、彼が事前に我々の間柄については知らなかったものとして話を進めますが、今し方初めて知った情報を素早く整理し、咄嗟にそこまでの効果を計算して行動に移せるということは、かなり機転の利く人間と見て良いでしょう」
「効果……計算?」
「ええ。……あの青年についてミン殿が仰せになった、“恰好良いところだけでなく恰好悪いところも見せて、他人の目に映る自分の姿の平衡を保とうとしているのでは”という見立ては、多分、正しいと思います。……但し、その“恰好悪い”姿を見せたいと思った相手は、極端に言えば、我々だけ。……そして、思い返してみれば、彼は、『踊り切れなくなったら、すぐにこちらへ戻って、デフィラ嬢をお返しします』と言った。……此処へ戻る、と言われたからこそ、副長閣下は、此処に留まられたわけでしょう? 私がいると、後から気付いてさえも」
ノーマンは、相手の語る言葉の意味をじっと考え──
そして不意に、あっと大声をあげた。
「──あぁあの野郎、他の女どもに自分の恰好悪い姿をなるべく見られんよう、こっちに目が集まるよう仕組んだってのかっ!」
「身も蓋もない」
ケーデルは珍しく声たてて笑った。──偶然を装って“通りすがった”貴婦人とその侍女達が、吃驚したような目を向けてゆく。