「屋台の焼き饅頭を三つ食べてきたんで、余り量の多いものは……そうですね、久し振りに贅沢しますか。昼間っからで恐縮ですが、牛肉の醤油焼きをお願いします。白飯《しろめし》で」
「確かに、昼食にするには贅沢かもね。いいよ、丁度今朝、いい肉がクデンから入ったところだし」
「うわ、それは楽しみです。済みません、ドリー姐さん」
赤毛の女主人が去ると、ソフィアは好奇心に満ちた視線をタリーに注いだ。
「あのー、あの女将さんって、タリーさんを“坊や”扱いするんですね。気の置けない、親しい間柄なんですか」
「ははは……ドリー姐さんから“坊や”呼ばわりされているのは私だけではありませんよ、若先生」
お茶の木杯に口を付けた後で、タリーは、かぶりを振る。
「この“月光亭”は元々、ノーマン先輩……近衛副長が、近衛見習になる以前から贔屓にしている店で、その縁もあって、昔ノーマン先輩が第十三小隊の隊長だった頃に下に付いていた面々をはじめ、下町を歩くことを厭わない近衛兵達が、割に立ち寄る店なんです。そして此処では、ノーマン先輩も含め、皆、等し並に“坊や”扱い。でも、仕方ないです。何しろ我々、此処へ初めて来たのが十代半ばの頃ですから」
「ノーマンが近衛見習になる以前……ということは、十年以上前か」
「はい、先生。……ああ、もうそんなに経っていたのか、と今ちょっと気が遠くなりました。我ながら爺むさいですねぇ、まだ二十代なのに。……ところで、昼食は如何でしたか」
「成程ノーマンが贔屓にしているだけのことはある」
ララドは頷きながら応じた。
「あれは、その辺の料理人なぞ裸足で逃げ出すだろうほど、料理の味にやかましいからな」
「そうですね。時折は自分でも厨房に立たれてますからね」
タリーが苦笑混じりに返した、その時であった。
突然、ソフィアが、飛び上がるような勢いで席を立った。
何事かと驚き見上げるララドとタリーの視線も何のその、ばたばたと慌ただしく、店の止まり木に駆け寄ってゆく。
「お姐さん──お姐さん、お姐さん、それ、十一年前にも作ってました?」
止まり木の向こうで、ひと口大に切り分けた肉を網に乗せて焼いていた女主人が、やや怪訝そうな目を上げた。
「勿論。店を出した時から、頼まれれば拵えてるよ」
「お願いです、僕にも作ってください、それ! あのあのっ、十一年前、僕がこの町で通りすがりに嗅いで惹かれて探したのは、この匂いなんです!」
「おやまあ。そいつは嬉しいね」
女主人はにっこり笑った。目の覚めるような美人とは言えないかもしれないが、年齢を重ねてもなお魅力的な笑顔の女性であった。
「いいよ。タリー坊やの分が先だから、ちょっと待ってもらうことになるけど」
「待ちます!」
ソフィアは、黒褐色の両の瞳をきらきらさせ、そのまま、空いていた止まり木の席にすとんと腰を落ち着けた。
ララドが歩み寄ってくる。
「……この匂いだったのか?」
「はい」
「うむ……鮮烈と言えば鮮烈だが、余り複雑な香りではないな」
「そりゃあ、複雑なたれは一切使わずに、ちょっとばかりの塩と胡椒を振って、あとは醤油だけを軽く塗りながら焼くんだもの」
女主人は気さくな口調で説明を挟む。