「最初は迷ったさ。下町にいても違和感がない雰囲気だったからな。だが、暫く態度を見てれば、段々わかってくる。単なる無位無官の武家者が、俺にこれだけ色々切り込まれて、くそ落ち着きに落ち着いていられるわけがない。大体、本当に近衛隊と無関係なら、近衛兵だろうと言われた時に、もっときょとんとした顔をしたっていい。何のことやら、って受け流すような顔をされたから、間違いないと確信したんだ。……あんただって、何が何でも隠したいとまでは思ってないだろ。自分の口からは認められないだけで」
タリーは、成程自分はまだまだ修行が足りないな、と苦笑いを浮かべはしたが、肯定はしなかった。
「君がそう思うのを止めることまではしませんが、どうも恐ろしく買い被られている気がしてならないということだけは言っておきますよ、ミディアム・サーガ」
「手合わせしてみれば、論より証拠でわかるんだがな。ま、余り困らせるのはやめておくか。あんたの名前は、頭の片隅に留めておくよ、タリー・ロファ。じゃあな」
片手を挙げてから立ち去る青年傭兵の背中を見送ってから、タリーも腰を上げた。我知らず、ふうっと、嘆息めいた息が洩れた。
タリーが馴染みの小料理屋であるという“月光《セタリナーサ》亭”に放り込まれたララドとソフィアは、赤毛の女主人がひとりで切り回しているらしいこの店の一番奥まった席で昼食を認《したた》めた後、食後のお茶を飲みながら、店に入る前に交わしていた話を続けていた。
「そこの通りって、他国の使節が通る道になり得るんですか」
「石畳が敷かれておる以上、あり得ない、とまでは言えぬな。滅多にないことだが、別の道を通ってもらいたい時もある。そういう時には、町に入る門の所で、その旨を通知させる。……だが、本当に、滅多にはない。メシュメル城へ到るには、ゾラド通りが最も近く、道幅も広く、また街路状態も良いからな」
ソフィアは、お茶を啜りながら、うーむと唸って軽く眉根を寄せた。
「……宿舎は通常とは違っていたんですよね、あの時は」
「そう言えば、臨時で町中に置かれたと言っておったな。どの辺りだったか覚えておるか」
「そこは、さっぱり。何だかんだ言っても、子供でしたし。……あの時の匂いは、焼き物の匂いだったと思います。でも、鶏肉だとか魚肉だとかじゃなかった……気がしたんですよ」
ララドが何かしら応じようとした時、女主人の「あら、タリー坊や、お帰り」という声が聞こえた。振り返った彼らは、歩み寄ってくる青年近衛兵の姿に特に変わった様子がないことを見て取り、ほっと息をついた。
「済みません先生、お待たせしてしまって」
「良い。まあ、座れ。──しかし随分と時を費やしたのだな。撒けなかったのか」
「撒くのは早々に諦め、相手の好奇心を或る程度まで満たしてやる方向へ持っていきましたところ、話が若干長くなりまして」
「えーっ、狡いっ、僕も話してみたかったのにっ」
空いている椅子に腰を下ろしながらのタリーの答に、ソフィアは思わず抗議の声をあげた。
「申し訳ありませんでした」
タリーは困ったような微笑みを浮かべて、ただ謝罪する。話の具体的内容について語るつもりは、どうやら、ないようであった。
「──はい、坊や、まずはお茶をどうぞ。昼食は?」
赤毛の女主人が注文を取りに来る。