「ミリン、御苦労さん。寒くなかったか?」
「ミ、ミディアムさん? どうしてこんな所に? 試合前ですよ?」
双子に「ただいまー!」と駆け寄られた若い長身の武人は、ミディアムから声を掛けられると、吃驚
《びっくり》したように口を開
《あ》けた。どうやら、双子の守
《も》りをしてくれていた人物らしい。ナイルスには初見
《しょけん》の相手だったが、腕に巻いている淡紅色
《たんこうしょく》の腕章
《わんしょう》からして、将軍府に所属する武官ではなく、レーナの王士
《おうし》であろう。
「こいつらを送り届けに来たんだよ。お前にひとこと小言
《こごと》を言っておく目的もあって」
「小言? 私に、ですか?」
「そうだよ。……こいつらが膨
《ふく》れっ面
《つら》だったぞ、お前が不公平なこと言って威張
《いば》ってたって」
「はいっ?」
慮外
《りょがい》のことを言われた体
《てい》で、長身の王士は栗色の目を円
《まる》くする。
「な、何ですかそれ」
「俺の方に肩入れして、マーナの近衛副長なんて大
《たい》したことないって言ったんだろ? こいつら、俺も含めて色んな武官の訓練を見慣れてて目が肥
《こ》えてるんだから、そんな見え見えの依怙贔屓
《えこひいき》をされたら、それは不公平だよって義憤
《ぎふん》に駆られるに決まってるだろ。お前が不公平だから、自分達は向こうを応援することにしたって息巻いてたぞ」
「だって、マーナのこのえふくちょうさん、とおくから、ぼくらのお母
《かあ》さんのけっこんのおいわいにきてくれたんだよ! それに、ミディアムお兄さんとおんなじぐらい、つよいじゃない! なのに、ミリンお兄さん、ミディアムお兄さんばっかりほめて、マーナのこのえふくちょうなんて大したことないっていうんだもん、とってもしつれいだとおもうよ!」
兄リスティが、高らかに自己主張する。弟リスティも、うんうんと大きく頷
《うなず》いた。
「ぶ人
《じん》たるもの、あい手
《て》のりき……りきりょうを、正しく、ひょう……ひょうかするのも、りきりょうのうちなんだよね!」
「おっ、一人前だな。……ミリン、俺ばかり応援してないで、凄いと思ったら、素直に相手を褒めていいんだ。こいつらに気を遣ったんだろうが、不当評価は逆効果だよ。……はっきり言っておくが、次の木剣
《ミリラン》での試合は、勝てるかどうかわからない。勿論
《もちろん》力は尽くすけど、俺にとっては普段使い慣れてない武器だ。不覚を取る可能性が高い」
「不覚を取るって……ミディアムさんがですか?」
「あ、表現が適切じゃなかったな。不覚を取るってのは、より出来る奴の方が使う言葉だ。俺が言うなら、歯が立たない可能性が高い、だな。……ナイルス二等近衛、貴殿は正直、どう予想していますか? 遠慮なしに、率直に答えてもらえると嬉しい」
ミディアムは薄く微笑
《ほほえ》む。ナイルスは、周囲の武官が耳を傾けているのを肌で感じ取った。迂闊
《うかつ》な発言は出来ないな、と意識すると同時、不当にタリーが過小評価されないよう、主張すべきことは此処で言っておく方がいいだろう、とも判断する。
「……副長は我々には余り手筋
《てすじ》を見せてくれませんから、どのくらい強いのかは、正直、私にもわかりません」
「見せてくれない?」
「ええ。私は彼とは同期ですから、見習時代からの付き合いですが、昔から、対する相手によって見掛けの強さが変わる男でした。だから、二等近衛である私程度の腕では、彼の力量の限界を見せてもらえることはないんですよ。……副長は、普段の練兵
《れんぺい》では、相手の力量に合わせるようにして“接戦”に持ち込みます。そうでなければ相手の訓練にはならないから、と。だから、入隊し立ての初年兵
《しょねんへい》は、よく騙
《だま》されてますね。隊長は凄いが副長は案外大したことはないのではないかと。けれど、腕が上がるにつれ、或いは、在隊期間が長くなるにつれ、彼らは副長の手強
《てごわ》さを思い知ることになります。何しろ“マーナ随一
《ずいいち》の剣士
《リラニー》”と言われる我らがノーマン・ノーラ近衛隊長から長剣
《リラン》三本勝負で一本どころか殆ど常に二本も取れる近衛兵なんて、他には居ませんから。ただ、その隊長が彼に対して『明日
《あした》は丸一日休みなんだから本気で来いと言ってるだろうが』と詰め寄ることも少なくないんですけれどね」
「……それって、本気でやって全力を出して疲れが翌日に残ったっていいじゃないか、という意味ですか?」
「ええ。よくおわかりになりましたね」
「さっき試合の最中に、言われましたから。次の試合に備えて、疲れ過ぎないように力を出し惜しみしてるって。……それであれなんだから、こっちは腹が立つ」
「ああ、それは副長の得意技ですから、引っ掛からないでください」
ミディアムは口ほど腹を立てているようには見えなかったが、ナイルスは苦笑してかぶりを振った。
「こいつ手を抜いている、と相手に感じさせてしまうのが巧いんですよ。そう思わせておいて、突然ばっさり来ますから。それと、当人は意識してやってるわけじゃないと言うんですが、戦う相手を油断させたり苛々
《いらいら》させたりして隙を作らせるには物凄く向いてるんですよ、あの童顔
《どうがん》と、切迫感
《せっぱくかん》が薄そうに聞こえる穏やかな物言いは」
「違いない」
ミディアムはからりと笑う。
「ただ、次の試合は最悪でも二本目までは先に取るとか、さっき控え室で宣言していましたからね。最初から本気で来てくれるんじゃないかと楽しみにしてます」
「ええっ──ウチの副長が!?」
ナイルスは演技でなく驚いた。確かにミリランでの試合ならリランを一
《いち》の得意としているタリーが試合を優位に進めても納得はされ易いだろうが、あの控えめで慎重なタリーが、対戦相手に向けてそれを明言したというのか。
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