ミディアム・カルチエ・サーガは、脇目も振らず、カクタス樹海の中へと馬を走らせていた。
 愛用の双頭矛槍《ロックバラン》だけを得物に、細い鉢金入りの黄色い鉢巻と、兜なしの青い中|甲冑《クァード》。長剣《リラン》の他に短剣《アラリラン》を補助武器として携え、きちんと兜を被った重クァードの武人達から見れば、如何にも防御を軽視しているとしか思えないだろう。……だが、現実には、彼に手傷を少しでも負わせた者の殆どが、その代償を自らの命で払わされる。過去に、戦場で彼の体に傷を負わせ得ながら命長らえることの出来た武人は、片手の指で数え切れる程度しか居ない。
 そのひとりが、実は、ケーデル・サート・フェグラムであった。
 謀将であり自ら武器を振るうことのない彼を“武人”と呼んで良いのかという見方もあるだろうが、武官としてマーナ将軍府に所属しているのだから、形式的には武人となる。そして、彼が自らの謀将としての“武器”を用いてミディアムを傷付け捕えたことは、ミディアム自身も認めざるを得ない事実である。
 しかも彼は、ミディアムが掠り傷ひとつ負わせることが出来なかった相手でもある。他の命長らえた者達が、少なからずミディアムから逆に傷を負わせられているにも拘らず。
 つまり、ミディアム・サーガにとって、ケーデル・フェグラムは唯一、“やられっ放し”の敵手であった。
 ……無論、ケーデルの側の認識は全く異なるものであったし、実際にはミディアムのオーヴァが“爆発”した際に打撲傷程度は負わせているのだが、何れにしてもミディアムには知る由もないことである。
(ケーデル──貴様の首は、絶対に獲《と》る)
 そうでなければ、自分の側が一方的に負けっ放しになってしまう。今回の勝利を、相手の首を挙げるという形で得ることさえ出来れば、あの手痛い敗北の汚名も雪《すす》げるような気がする。
 相手にどんな企みがあろうとも、今度は蹴散らしてみせる。
 そして、相手の眼前に馬を進め──
 だが、昂っていたミディアムの思考は、そこで不意に停止した。
 必ず相手の首をこの手で刎ねてやる、という気持ちは胸の裡で沸き立っている。なのに、何故か、相手の首級を手にする光景を想像することが出来ない。
(……くそっ……)
 ミディアムは密かに唇を噛んだ。
 これまでは、無意識の内に考えないようにしてきた。けれども、こうして現実に相手の居場所へと近付きつつある今になって、ふと気付いてしまったのだ。
 果たして自分は、いざ相手と対峙した時に、躊躇なくロックバランを振り下ろせるのだろうか──と。
 オーブルーの戦いで目にしたケーデル・フェグラムは、クード風の衣服に身を包み、その上から軽クァードすら纏わず、片手用のリランを剣帯で提げているだけであった。……文官でさえ、大抵の者は、戦場に来れば軽クァード程度は着用する。戦場でクァードを身に着けないなど、鉄の防具を禁じられている聖職者ぐらいなものだ。ケーデルの場合はリランを提げているだけ文官や聖職者よりましだが、そのリランも、人の噂を信じる限り、人前で抜いたことすらないという。
 丸腰とは言えないまでも、まともにリランを握ったこともないらしい相手に、如何に形式上“武人”とはいえ、本当に刃を打ち下ろせるのだろうか。
 ミディアムは、荒くれ者の少なくないマーナ傭兵隊の中で育ちはしたが、武人の何たるかを折々に教えてくれた隊長ベーダ・アルカナから受けた影響で、この時代の大抵の武人と変わらぬ価値観を──特に、武装していない人間に一方的に刃を向けるのは武人として恥ずべきこと、という考えを持っている。その価値判断の基準から見ると、ケーデル・フェグラムという“腰のリランが飾りにしかなっていない”男は、頗る扱いに困る相手としか言いようがなかった。
 せめて相手が、敵わぬまでもと自分にリランを向けてくれるなら、こちらも遠慮なく立ち向かえるのだが──。



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