一九九五年、九月十八日・十九日と、生まれて初めて奈良に行った。奈良・京都と言えば修学旅行の定番地だが、何故か私の通った学校はそーゆー所に全然連れていってくれなかったので、今迄行ったことがなかった。それで今回、長期休暇を利用し、奈良公園内を散策してまっさんの『まほろば』や『修二会《しゅにえ》』などの歌の世界に浸ろうかな、と、思い切って出掛けたのであった。まあ、もっとも、結局は、一緒に行った八十三歳になる祖母の足運びを考えて、当初の目論見とは異なるけれど、公園内の寺社巡りだけにしようか、と早々に路線変更したのだが。
 ま、それは置いといて――
 旅行に行けば、お土産というものを買わねばならない(買わなくてもいいのかもしれないけど、何となくそういう気分になる)。そして、殆どの場合、その土地に特徴的な何か――特産だとか名産だとか――を反映したものを買うことになる。でないと、その場所に行った証拠にならない(笑)。だから、奈良に行ったなら[#「なら」の脇に「←洒落か?」の小文字]、お土産は当然(……?)奈良漬・鹿グッズ・大仏グッズ……大体そんなところかなァ、と、ごく単純に思っていた。
 ところが、行ってみて引っくり返った。
 殆ど全部の[#「殆ど全部の」に傍点]土産物屋の店先に、堂々と新選組グッズが並んでいたのである。
 何故だ[#ひとつ汗たらりマーク] 何故新選組なんだ[#ふたつ汗たらりマーク] 京都に近いからって、どーして新選組なんだ[#ふたつ汗たらりマーク] ひたすら笑い転げた私。同行していた母が「あんた、買わんのね?」と言ったが、奈良に来たのに全然関係のない新選組のグッズを買ってどーするんだ[#ひとつ汗たらりマーク] 暖簾だとかダンダラ模様の半被だとかテレカだとか鉢巻だとか……半被なんて背中や前身頃に主要隊士の名前がずらずら書かれてるのよ[#ひとつ汗たらりマーク] 鉢巻なんか“必勝”だとか“特攻”だとか書いてある日の丸鉢巻と一緒に下げてあるのよっ[#ふたつ汗たらりマーク] んな恥ずかしいモン、誰が買うのよっっ[#三つ汗飛散マーク]
 ……なーんて母に言った私。帰る何時間か前になって、その母に「あ、買い損なったお土産、さっき通った東大寺さんの参道にしかなかったけえ、ちょっと行って買ーてくるわ」と告げ、母と祖母を公園内のベンチに残して東大寺参道へと……。取って返したそこで、眠りこけていた露店の小母さんを起こしてまで買ったのは、“誠”の一字が中央に、そしてその左右に主要隊士の名前が、四人ほどは大きく、それ以外は小さくだが、とにかくずらずらと列記された、ダンダラ模様の扇。
 お馬鹿な私は、奈良とは全然関係のない代物を、自分への土産物として買ってしまったわけである。勿論、母にバレないように(?)他にも色々別の土産物を買い込んで戻ったけど。
 しかし、その扇を買ってしまったのには、ちゃんとした――いや、実に下らない理由が存在するのだ。
 実は、殆どの場所で、その扇は閉じた状態で売られていた。ところが、開いて置いていた店があった。「恥ずかしいっ、頼むから広げて置かないでくれぇ〜[#三つ汗飛散マーク]」と思いつつ何気なく眺めやった瞬間、表面に大書されていたとある[#「とある」に傍点]名前が、私の目に飛び込んできたのである。
 参謀 伊東甲子太郎《いとう かしたろう》――
 ……私は思わず「ぎょえ〜[#ひとつ汗たらりマーク] ナイスだ甲子《かし》さん[#ふたつ汗たらりマーク]」と呟いていた。だって、その隣に[#「その隣に」に傍点]並んでいたのが“副長 土方歳三”という名前だったんだもの(笑)。土方さんには悪いけど、もお、笑った笑った[#三つ汗飛散マーク] それで[#「それで」に傍点]すっかり気に入っちゃって、「次に見かけたらこっそり買おう[#白ハートマーク]」なんて思ってたら、次に足を向けた春日大社の方では何処の土産物屋にも置いてなくて(何でだよ〜[#ひとつ汗たらりマーク])、それで焦って東大寺までひとり引き返したという次第。「ふっふっふ、甲子さん、あの配置すっごく嬉しいかも……でも歳さんはあの配置、思いっ切り嫌かも〜」なんてくすくす笑いつつ……ああ、何処までもお馬鹿な奴だわね[#ふたつ汗たらりマーク]
 それにしても、たったそれだけの理由で買ってしまった私って……ヨコシマ?

 ちなみに“誠”の一字を挟んで大書されていたのは近藤さんと沖田さんである。あの三名と同列に並べられてるなんて、それだけでもちょっとナイスだよねー、伊東さん。いや、ホントに(笑)。



※流石に、この馬鹿丸出し文章の記述には、補足が必要だろう[#ひとつ汗たらりマーク]
 野間みつねが一九九五年から書き綴っている『まなざし』という“私家版・土方歳三”の中での伊東甲子太郎は、主人公土方歳三に歪んだ恋着を抱《いだ》き、“自分のもの”にしようと企んで陰に陽に揺さぶりをかけまくってくるという、とーんでもないキャラクターなのだ。
 殺された後も、お気楽な亡霊になって付きまとってるしなー(笑)。
 だから、この文章中で筆者がヨコシマな愛情で眺めている伊東甲子太郎は、歴史上の人物である伊東甲子太郎とはちょっと(ちょっとかァ!?)違う伊東甲子太郎なのである。念の為。
 どう違うのかその辺を詳しくお知りになりたいという奇特な方は、拙作『まなざし』を御一読ありたし[#ふたつ汗たらりマーク]



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