高山理沙が通信回線を開き、システム“エディプス”に対してコンタクトを試みると、意外にも、若い男性の声を模したらしき機械合成音声で答が返ってきた。
『こんたくとサレタ方ガ、りさ・たかやま大尉、御本人デアルコトノ確認ガ必要デス。虹彩マタハ指紋ヲ照合シマスノデ、でーたヲ送信願イマス』
「わかりました」
 生体認証装置を通した虹彩データを指定されたルートで送信すると、五秒ほどで返答があった。
『りさ・たかやま大尉、御本人デアルコトヲ確認シマシタ。御用件ヲ、オ伝エクダサイ』
「当艦の宙港への着陸と、都市制御システム管理への訪問を許可願います」
『りさ・たかやま大尉ノ都市制御しすてむ管理棟ヘノ訪問ヲ許可シマス。宙港ハ、第一ぽーとヲ御利用クダサイ。ナオ現在、宙港周辺ノ天候ハれべるDデ強風及ビ視界不良デスガ、地球時間デ一時間後ニハれべるAニ回復スル見込ミデス』
 理沙はホッと息をついたが、合成音声の返答には続きがあった。
『同行者ガアレバ、人数、属性等ヲ申請願イマス』
「――同行者は一名、民間人です。そちらへの訪問歴はありませんが、併せて許可願います」
『デハ、生体認証ニ必要ナでーたヲ送信願イマス』
 理沙は頼山紀博を振り返ると、「……だ、そうよ」と苦笑した。
「えーっと……この生体認証装置に認識させれば、データが生成される?」
「今はその状態にしてあるわ」
「指紋? 虹彩? どっちも?」
「そうね……指紋は補助的な認証手段だし、システム管理棟でも奥の方だと虹彩認証を求められるから、両方の方が無難かしら」
「わかった」
 装置を通したデータを、理沙が操作して指定ルートを通じて送る。……今度は四十秒程度の待ち時間が挟まって、返答が届いた。
『……登録完了シマシタ。当該同行者ノ都市訪問ヲ許可シマス』
「有難う、エディプス」
 通信を切った理沙は、再び紀博を顧みた。
「……やってみるものね。有益な提案に感謝するわ」
「まずは良かったな」
 紀博も、安堵の念と共に頷いた。どうやら、最悪の事態は回避出来そうだ……と思いながら。

 一時間後、実験都市の上空へ回ると、エディプスの予報した通り、恒星光を遮る雲もなく、地上への視界は頗る良好になっていた。
 都市上空を覆うインヴィジブルドーム――と言っても不可視《インヴィジブル》なのは都市内部から見た時だけであり、恒星の光を受ける上空からだと半透明の銀色に輝いて見える――は、艦艇が宙港に近付くと一時的に開放状態になった。指定されたポートに艦艇を降下させ、着陸が完了したところで、再び閉ざされる。
 紀博と理沙が外に出ると、自動運転と明らかにわかる二人《ににん》乗りのオープンカーが、しゅるしゅると低速で寄ってきて、ふしゅん、と路面に下りた。
『御案内シマス。御乗車クダサイ』
 先程とは異なる、女性めいた機械合成音声で喋り掛けられる。勧めに従ってふたりが乗り込んだオーブンカーは、しゅん、と音立てて路面から浮き上がり、滑るように宙港を出た。
「……二年間も無人だった割に、余り荒れてないんだな」
 広々とした街路を快調に走る車内から辺りを見回し、紀博は呟いた。
「整備ロボットがきちんと稼働してるみたい。ほら、あそこにも」
 理沙が指差す方向を見遣った紀博の目に、人の背丈の二倍はある大型の清掃用ロボットの働いている姿が映る。
「本当だ。……何だか物悲しいな、誰も居なくなった街なのに」
 放棄されてから二年間、取り残されたシステムエディプス≠ヘ、こうやって街を美しく維持し続けていたのだろうか。抗サイオニック装置の“研究開発を続行していた”というのは、エディプスにとっては数多《あまた》ある“任務”のほんの一側面に過ぎず、システムを組んだ技術者達から与えられたそれらの“任務”を淡々と熟《こな》し続けてきただけなのかもしれない……
 などと思っていた目の前で突然、ドン、という激しい炸裂音と共に路面がめくれ上がった。異常の自動検知で急ブレーキの掛かったオープンカーが、殆ど反転する勢いで回転して停まる。
『えまーじぇんしー!! えまーじぇんしー!!』
 緊急事態を叫び立てるオープンカーから飛び降りた紀博は、路面破壊の原因になった太いエネルギー弾の出所《でどころ》に素早く目を走らせた。――清掃用ロボットが、何か筒状の物をこちらに向けて構えている。まさか、清掃用ではなく軍事用だったのか!?
『しすてむヨリ入電、清掃用ろぼっと暴走、三台ガしすてむ制御カラ外レテ暴走中、警戒シテクダサイ!!』
「……いや、警戒も何も、もう目の前に来てるぞ?」
 半ば独り言めいた苦情を洩らしつつ、紀博は、ガシャガシャと寄ってくる大型の清掃用ロボット達を見据えた。ロボットが手にしているのは清掃用の吸引ノズル……いや、どう見ても大口径の対戦車《バズーカ》砲。
『危険!! 至急退避!! 至急退避!!』
「頼山、乗って!」
「先に行け! 追ってこられたら厄介だ、こっちは俺が何とかする!」
 まるで紀博の声に従うかのように、オープンカーは急発進する。シートベルトを締めていなかったら理沙が放り出されていたのでは――という勢いだった。
「さてと……これで後顧の憂いなし」
 紀博は独りごち、不敵な笑みを浮かべた。相手はロボット、周囲は無人の都市、誰かを巻き込んでしまうおそれもない。ついでに言うなら、此処で何かを壊しても弁償しなくていい。そこのところは、地球を出る前に情報局副長官の吉沢満にも確認し、しっかり言質を取ってあるのだ。
 真っ先に殺到した一体から連射されたエネルギー弾の軌道を全て逸らし、そのまま伸ばした念動《サイコキネシス》の手で相手の足を掬う。地響き立てて転倒した相手に右から光線を叩き付け、駆動系を一撃で大破させる。二体目三体目も同様に転ばせ、動きを鈍らせてから光線弾で破壊する。全てを片付けるのに、五分と要さなかった。
 ふう、と軽く息をついて辺りを見回した紀博は、他に何ものかが襲撃してくる様子もなさそうだと見て取り、僅かに肩の力を抜いた。
(……それにしても、明らかに清掃用って外見のロボットが、何だってバズーカ砲なんか持って攻撃してきたんだ。これも都市防衛の研究成果の一端なのか? ……いや、そもそも何で、この実験都市への訪問を許可された筈の俺達を襲撃してきた? システムの制御《コントロール》から外れて暴走と言ってたが……暴走にしてはピンポイント過ぎないか?)
 急に放り込まれた戦闘が終わってみると、不審な点がようやく見え始める。何となく眉を顰め、先に行かせた理沙が何処まで行ったかを探知しようとした紀博は、だが、不意に斜め頭上から降ってきた日本語《ジャパニリタン》に思わず顔を上げた。
『随分あっさりと片付けてくれたね、クレイン。ジャスティの残した分析データから判断して、そのくらいの力はあるだろうとは見ていたけれど』
 近くの街灯に設置されているスピーカーから、若い男性のものと思しき声が流れ落ちてくる。……一時間ほど前に艦内で耳にした合成音声に似ているが、あちらのような“如何にも機械合成したような”音声ではなく、電気信号を通した人間の肉声としか聞こえない。
『何とも派手に駆動系を潰してくれたものだね。修理が大変じゃないか。転ばせるだけでも動きは止められたのに。もう少し穏当に扱ってほしかったよ、都市の資材は無限ではないんだから』
「……どう聞いても俺に向けて物を言ってるように聞こえるんだが、何処の誰だ一体」
 紀博が思わず小声で悪態を吐《つ》くと、そんな小さな声でも拾えているのか、スピーカー越しの声は『おっと』と若干おどけたように返してきた。



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