「……誰だ……」
 辛うじて悲鳴を上げることなく歯を食い縛った紀博は、次の瞬間、
〈待ち兼ねたぞ、クレイン・ロード!〉
 脳裡に響いた“声”に、ギョッとなった。
 その名を知る者が──否、自分頼山紀博がクレイン・ロードと呼ばれる超能力者《サイオニック》だと知っている者が、此処に居るのか。
 しかも、今の“声”は、精神感応《テレパシー》で叩き付けられた。
 では、相手は、銀河連邦軍情報局のサイオニックなのか。それとも──
 僅かな殺気を感じ、反射的に身を捻る。エネルギー弾が至近を抜ける感覚。
「何故、俺を狙う!?」
 問うても無駄だろうと思いつつも、紀博は叫んでみた。
〈自分の胸に訊いてみろ──三か月前のことを!〉
「さん……三か月前?」
 思い掛けず返ってきた答の意味が掴めず、困惑する。
「三か月前に、俺が何をしたって?」
〈しら[#「しら」に傍点]を切る気か! あれだけの大量殺人をしておきながら!〉
「はあっ?」
 紀博は腹立たしさを覚えた。こちらが理不尽な不意討ちと激痛とに耐えながら問うているというのに、何故、こんな間の抜けた声を発さねばならないような答しか来ないのか。
「誰が大量殺人だと? 何の言い掛かりだ! ふざけるなっ!」
〈ふざけているのはどっちだっ!〉
 憎悪の塊《かたまり》のようなテレパシーが叩き付けられる。
〈あの時に貴様の隣に座っていた女性を忘れたか!!〉
「女性?」
〈彼女は──エセル・ハミルトンは、俺の婚約者《フィアンセ》だったんだ!! これでわかっただろう!! エセルはあの時、貴様に殺された──これ以上の理由があるか!!〉
 紀博は眉を顰めた。……何かが変だ。相手の怒りと憎しみは、その理由とやらが事実ならば、当然のものだろう。だが、どうして自分が、その、身に覚えのない「大量殺人」とやらの罪を着せられねばならないのか。
「ちょっと待て、何の話だ? 俺が君のフィアンセを殺したと言ってるのか?」
〈まだしら[#「しら」に傍点]を切るか! あのフェントーク号の墜落を引き起こしたのは、貴様じゃないか!!〉
「フェントーク号? 三か月前のって、あの墜落事故のことか?」
〈事故だと!? 貴様が墜落させたんだろうがッ!!〉
 話が無茶苦茶だ。
 紀博は憤りを通り越して呆れ始めていた。旅客船フェントーク号の墜落事故については、三か月前に旅先のホテルで、朝のニュースを見た覚えがある。それだけだ。なのに、自分に、何の関わりがあると言うのか。事故原因だって、後日の報道では船体の老朽化や部品の故障とされていたし、フェントーク号を所有していた航宙会社ノムサール社が遺族に対して巨額の賠償金を支払うことになり、経営難に陥った結果として、つい先日、ロキシード・コンツェルン傘下のアラハイム航宙に吸収合併されることになったとか……
(──ロキシード・コンツェルン!?)
 まさか、また[#「また」に傍点]、奴らなのか。
 紀博は、この突然の災難に係る糸口をようやく掴んだような気がした。七年前だったか、此処バニラ星ではなくマスタード星の田舎町で暮らしていた頃、ロキシードの社員と名乗る男が、何処で調べたのか彼の許を訪れ、些か脅迫的な態度で協力を求めてきたことがある。無論、彼は、その依頼を拒絶した。
『あちこちの植民惑星で内戦を煽って両陣営に武器を売り付けるような戦争屋の手助けをする気はありませんよ。ついつい邪魔をすることはあっても』
 今に後悔することになる、ロキシードに楯突いて生き長らえた者は居ない、という相手の言葉を、紀博は笑い飛ばした。
『随分と昔から何度か、頗る派手に楯突いてますが、未だにこうして生き長らえていますよ。頭から水を掛けられない内に、お引き取りを』



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