人々の賑
《にぎ》やかな声が、店の外の通りまで洩
《も》れていた。
ひとりの青年が、その楽しげな声に惹
《ひ》かれてか、ふっと足を止めた。
年の頃
《ころ》は、二十二、三だろうか。明らかに旅をしている風情
《ふぜい》の青年であった。背中にはリュートが入っているらしき袋が負われており、左腰には護身用と思
《おぼ》しき剣が下がっている。少しばかり草臥
《くたび》れた感じのするマントとブーツは、吟遊詩人
《ぎんゆうしじん》に特有の、青とも緑とも付かぬ不思議な色合に染められていた。
「やあ、旅のお方、お入りになりませんか?」
店の前に立っていたタロパ族の男が、客引きなのだろう、円
《つぶ》らな青い瞳で青年を見上げ、早速声を掛けてきた。タロパ族とは、ハリネズミに似た風貌
《ふうぼう》を持ち、森の緑の色をした針を背中一面に背負う、此処
《ここ》ランガズム大陸の先住民族である。成人でも人間の子供ほどの背丈しかないのだが、一体に人間よりも力持ちで、知能は人間並みという。
「特別にお安くしておきますよ」
「此処は、宿屋なのかい」
声を掛けられた青年は、涼やかな声で尋ねた。夕闇迫る中で見ても美しく銀色に輝く髪に混じって、青い髪が、ふっさりとひと房だけ、額
《ひたい》へと落ちている。なかなか整った顔立ちなのだが、烟
《けぶ》るような菫
《すみれ》色の瞳が何処
《どこ》か悲しげにも見えるのは、旅の疲れからばかりではなさそうだ。
「ええ、ええ、下の階では酒と料理の店もやってますんで、お食事も出来ますよ。どうですか? 今でしたら、お二階のいいお部屋がまだ空
《あ》いてますよ……」
そこまで応じたところで、客引きの男は、青年が背負っている物に気付いたらしい。元々円
《まる》い目が、いよいよ円くなった。
「おや、吟遊詩人さんだったんですか? こりゃあいいや! もし下の店で今晩歌ってくれるなら、宿代は半分にまけますよ、如何
《いかが》です?」
青年は静かに微笑
《ほほえ》み、「わかりました」と頷
《うなず》いた。
客引きに招かれて店の中へ足を踏
《ふ》み入れると、食器の触
《ふ》れ合う音、人の笑い声、そして料理と酒の匂いとが、青年を迎えた。彼は、入って左手側の、隅
《すみ》っこの方の席に腰を落ち着けた。そこからは、店内が一望出来た。
「……からね、滅多に見られない花なんですよ」
ふたつ向こうのテーブルで、学者と思しき青年が、やはり学者らしき、左目に単眼鏡
《モノクル》を掛けた男と、その連れかどうかはわからないが、色黒で些少
《さしょう》ほっそりしているものの引き締まった体格の青年戦士に向かって、熱心に語り掛けている。それがまず目に留
《と》まった。
「僕は、その花を見付けて採集したいと願っているんです。だから、いずれこの町を出て、旅に出るつもりでいます」
「ふむ、その花は、何処に行けば咲いているのか、わかっているのかね?」
やや年嵩
《としかさ》の学者が、青い口髭
《くちひげ》を引っ張りながら訊く。栗色の髪と榛
《はしばみ》色の瞳を持つ端整な顔立ちの青年学者は、溜
《た》め息をついてかぶりを振った。
「それがわかっていれば、苦労はしませんよ。何しろ、どれも“幻の花”ですから……」
「何という名前の花だね?」
「マドレナ、ナタニア、アンゼリカです。……でも、書物で研究した限りでは、絶滅したということはない筈
《はず》。見付かる可能性は充分あります!」
「ふうむ……私は植物学には疎
《うと》いが、その三つの花なら古代の書物の中にも名前が出てくる。花それ自体より、花に纏
《まつ》わる謎の方が、私などには興味深いが……」
「ログナーは、考古学者だけあって、古い時代の話が好きだな」
それまで黙っていた青年戦士が口を開
《ひら》く。一連の遣
《や》り取りを聞くともなく聞いていた吟遊詩人の青年は、おやっ、とその戦士の姿を見直した。その声は、男のものとしてはやや高く、しかし女のものにしては少し低かったのだ。改めて見てみると、その戦士は、ちょっと長めの黒髪を首の後ろでひとつに括
《くく》っていた。
(男なのかな……それとも、女なのかな……? 判然としないな……)
ただ、何
《いず》れであるにしても、きりっとした好
《い》い顔立ちの青年であることは間違いない。
「今日
《きょう》なんかも、古代文明の痕跡
《こんせき》が残っているとかいう山へ出掛けていって、ちっぽけなスコップで一日中あっちこっち掘り返してるんだから。付いていくんじゃなかったな」
「なぁに、またその内に行ってみるさ。古代の声に耳を傾ける喜びを味わえないのは残念だな、アクラ」
「生憎
《あいにく》わたしは学者になる気はないんでね」
アクラと呼び掛けられた戦士は微苦笑と共に肩を竦
《すく》めた。
「古代の声、ですか……僕にとっての植物の声、花の声でしょうね。わかりますよ。あなたとは気が合いそうです」
「私もそう思う。ところで、名は何と?」
「僕ですか。メルカナートといいます。生まれ育ちは、このカナルネアです。あなたは?」
「私はログナー。出身はアイコン村だ。このカナルネアの町から少し西の、アナニカ城の近くにある」
「以後宜しくお願いします、ログナーさん」
「ああ、“さん”付けは要
《い》らん。“さん”と付けられると、どうも他人行儀でいかん。こちらのアクラにも、そう言ってある。お前さんもそうしてくれるといい」
「わかりました。それじゃログナー、こちらの方は? アクラさん、でしたっけ?」
メルカナート青年の問い掛けに、青年戦士が何か答えようとした時だった。
「おおっ、やはりアクラであったか! 元気だったか?」
店の中央近くのテーブルから立ち上がった男が、戦士と学者たちのテーブルまで大股
《おおまた》に歩み寄ってきた。少々くすんだ赤い髪と芯のある青い瞳とが印象的な、丁度考古学者ログナーと同年輩
《どうねんぱい》、三十代
|半
《なか》ばではないかと見える男である。
「あ! 誰かと思えばイスファムか!」
戦士も、その相手を見て喜色満面
《きしょくまんめん》で立ち上がる。
「懐かしいなあ、元気だった?」
「何の何の、壮健至極
《そうけんしごく》でおる。それにしても、おぬし──」
独特の時代
|掛
《が》かった言葉
|遣
《づか》いもそうだが、ぱっと見た目でも騎士階級の出身らしいとわかる男は、ぽんとアクラの肩を叩いた。
「三年見ぬ間
《ま》に、すっかり逞
《たくま》しくなったな。見違えたぞ」
「そんな、とんでもない、まだまだだよ。──でも、こんな北の果てでイスファムと会えるなんて意外だったな。いつこの町に来たの?」
「昨日
《きのう》だ。噂
《うわさ》を耳にしてな」
「噂?」
「うむ。吾輩
《わがはい》の目的はいつぞや話したであろう? それについての噂だ」
「ああ……ヴァルハラが何とかって話?」
「ヴィルシャナだ、ヴィルシャナ!」
「あ、そうだったね、それがどうかしたの?」
「真
《しん》の勇者の称号“ヴィルシャナ”──それを得たいと望む者は、まずカナルネアの町へ赴
《おもむ》くと良い、という噂を別の町で耳にしたのでな。それで此処まで来てみたのだ。──ところで、おぬしは何ゆえ此処に?」
「うん、こっちの考古学者の先生が山で熊に襲われていたのをちょっと助けた縁
《えん》でね。どうせ行く先の決まってない旅だし、暫
《しばら》くは用心棒って言うか護衛代わりにでもと一緒に歩いてきたんだ。もう半月になるかな。此処に宿を取ったのは七日前だけど」
「初めまして、騎士殿。私は考古学をやっているログナーという者。アクラのお知り合いのようだが……」
騎士は頷いた。
「然様
《さよう》。吾輩はイスファムと申す、主
《あるじ》なき自由騎士。アクラとは三年前、遺跡への旅で一緒になったことがあってな」
「遺跡? 何処の遺跡だろう?」
忽
《たちま》ち身を乗り出すログナーに、横で戦士アクラが苦笑する。
「学術的価値は大したことないよ。昔の有名な英雄ファルコーンが残した宝が眠ってるって話で、その辺の戦士や魔道士
《まどうし》とパーティー組んで出掛けたんだ。話半分以下
[#「以下」に傍点]だったけどね」
「然様、あの時は随分
《ずいぶん》と苦労したものだ。ところでアクラ、おぬし、此処に暫く滞在していたなら、ヴィルシャナの噂を町で聞いたことはないか?」
騎士イスファムの問
《とい》に、アクラは「ないな」とかぶりを振った。
「そうか……ふむ」
「だけど、あなたが好きそうな話はあるよ」
「うむ?」
「あそこのテーブルに座ってる騎士が居
《い》るだろ。アナニカ王国を治めている王様の所の騎士だって言ってたけど、何か色々ごちゃごちゃ冒険者相手に喋
《しゃべ》ってたよ。王の試練に挑戦するならどうのこうのって」
「なに? 王の試練!? な、何と!! それに違いない!!」
イスファムは、アクラの示したテーブルへと大急ぎで飛んでいく。アクラ達はそれを見送ると、また自分たちの話に戻った。それを何となく眺めていた吟遊詩人の青年も、丁度運ばれてきた食事に取り掛かった。
この店のスープは、実に逸品
《いっぴん》であった。体の中に溜
《た》まっていた旅の疲れが洗い流されてゆく。青年は暫くの間
《あいだ》、周囲を気にせず食事を楽しんだ。
しかし、それも長くはなかった。
「ねえねえ! あなた、イスファムの知り合い?」
そんな声が、つと耳に入り込んできたのだ。吟遊詩人の青年は顔を上げた。ひとりの若い娘が、さっきのテーブルのアクラ青年の側
《そば》へと寄ってきている。見たところ、まだ十七、八、結構
|可愛
《かわい》らしい顔をしているが、身なりは冒険者、それも軽
《けい》戦士のそれに近い。額に銀色の
|飾り輪
《サークレット》を嵌
《は》めているのが目に付いた。
「そうだけど……何か?」
「ねえ、訊いていい? さっきから気になってたんだけど──」
「ちょっと、よそうよ、ロココ……」
娘の後ろに戦士のなりをしたタロパが立ち、先細の太い尻尾
《しっぽ》を焦ったようにぱたぱたさせながら、娘の袖
《そで》を頻
《しき》りに引いている。
「失礼だよ、いきなり」
「いいじゃないの、クニンガン。イスファムの知り合いなら、あたし達にだって知り合いよ」
無茶な理屈を明るい口調
《くちょう》で披瀝
《ひれき》した娘は、馬の尻尾のように結
《ゆ》い上げている長い金髪をひと振りし、またアクラ青年の方に向き戻った。
「ねえ、あなた男の子? 女の子? あたし、さっきからわかんなくて、ずーっと気になってたの!」
アクラ青年はその質問を聞くと、小さく微笑んだ。
「まだ、決まってない。わたし自身は、逞しい男戦士になるのが夢だけどね」
「えーっ!? うっそーっ!! じゃあ、あなた……」
「きみ、アクラナ族だったんだね!? ぼく、初めて会ったよ!」
「僕も……アクラナ族って、あの、二十歳
《はたち》ぐらいになるまで両性体
《りょうせいたい》だっていう?」
娘やタロパばかりでなく、植物学者メルカナートまでもが驚きの声を上げる。アクラは苦笑して頷いた。
「……ところで、あなた達は? イスファムの知り合い?」
「そうなの! あたし、ロココ・リナっていうの。元は王女だったんだけど、ちょっと国が潰
《つぶ》れちゃって」
娘は、けろっと名乗る。
あ然としたのは、ログナーとメルカナートであった。
「リナ!?」
「リナって、二年前に内乱で滅んだ……あのリナ王国の!?」
「そ。流浪
《るろう》の王女っていう身分なの。いつかは王国を復興させようと思ってるんだけどね」
ロココと名乗った娘は、にこにこっと笑って、空
《あ》いていた椅子
《いす》にとん
[#「とん」に傍点]、と腰を下ろした。
「なーにしろこの美貌
《びぼう》でしょー。山賊
《さんぞく》や野盗
《やとう》どもが放
《ほう》っておかないのよねー。旅の途中でイスファムやクニンガンに会わなかったら、道中大変だったわ」
「そっちのタロパさんが、クニンガン?」
アクラが問うと、娘の後ろに居たタロパ族の戦士は頷いた。
「うん。修行中なんだ」
「戦士の? わたしと同じだね。気が合うかもね? わたし、アクラっていうんだ。アクラナ族のアクラ。宜しく。こっちは、考古学者のログナー。こっちが、この町の植物学者でメルカナート」
「わあ、メルカナートっていうの? ねえ、あなたハンサムね。恋人居る?」
「え、えっ?」
ロココの突然の問い掛けに、メルカナートは、飲みかけていたお茶に噎
《む》せた。
「ご、ごほん、居ませんよ! 僕は今、恋などよりもっと夢中になっていたいものがあるんですから」
「えー、なーに、それ」
「花です。幻の花」
「花? えーっ、うっそーっ、女の子みたい!」
「嘘じゃありませんよ。僕は植物の研究をしているんです」
大真面目
《おおまじめ》に答えるメルカナートに、テーブルの面々はくすくす笑いを洩らした。
「でも、それってロマンティックぅー。幻の花って、勿論
《もちろん》綺麗
《きれい》なんでしょ?」
「ええ! 一度だけ標本
《ひょうほん》を見たことがあるんです! そりゃあもう、三種とも、古びて色褪
《いろあ》せていたとはいえ、美しい花でしたよ! ああ、僕はどうしても、生きているマドレナ、ナタニア、アンゼリカをこの目で見たい……ああ、今すぐ出掛けたいくらいです!」
「三つもあるの? そんなに綺麗な花だったら、あたしも見たいなー。あたしが王国を復興したら、お城の庭にも植えられるかしら? あ、花に囲まれた玉座
《ぎょくざ》っていうのも悪くないかも……」
元王女殿下はうっとりと喋っていたが、どうしたのか、不意にキッと後ろを振り返り、勢いよく椅子を蹴って立ち上がった。
「ちょっと! 今笑ったの、誰よ!」
吟遊詩人の青年には聞こえなかったのだが、どうやら、客の誰かが、元王女のお喋りの最中
《さいちゅう》にそれを笑ったらしい。元王女は物凄い剣幕
《けんまく》で、笑い声のした方とやらを睨
《にら》んだ。
「誰なのよ! 今、子供の戯言
《たわごと》だな、なんて笑ったのはっ!!」
「俺だよ」
存外あっさりと、応
《いら》えがあった。
元王女ロココ・リナは、さっと声の方を睨み付けた。その視線が、吟遊詩人の青年が居るのとは丁度反対側の一番奥にあるテーブルへと行き着いた。
そこに座っていたのは、魔道士と思しき若い男ひとりであった。黒いローブにマントをすっぽり着込み、頭に白っぽいターバン。更によくよく見れば、その肩には、黒ずんだ青緑色のケープが掛けられている。魔道師
[#「師」に傍点]──魔道師ギルドから魔道を教える資格を与えられた魔道士──の証
《あかし》だ。声の主は、その魔道師だったのだ。
(おやおや)
吟遊詩人の青年は内心で呟
《つぶや》いた。
(わざわざ油に火種を投げ入れることもないのに)
青年の内心の呟きを余所
《よそ》に、魔道師は涼しい顔でキュウリを齧
《かじ》っている。
「あんたなのっ!? 笑ったのはっ!!」
「それがどうかしたのか」
「な──何ですってえっ!?」
「ま、待て待てお姫さんっ。やめときなっ。あいつの恰好
《かっこう》を見ろよっ。頭以外は全部黒ずくめじゃないかっ。絶対に黒魔道士だよっ、下手
《へた》に逆らって怒らせたら大変だよっ」
真っ赤になって相手に詰め寄ろうとするロココを、近くのテーブルの客が慌てて引き止めて小声で注意しているのが、吟遊詩人の耳にも届いた。
「黒だか白だか知らないけど、礼儀を知らないにも程があるわっ!!」
既に“ぷっつん”切れかかっている元王女殿下は、折角の小声での
[#「小声での」に傍点]忠告も何のその、大声で
[#「大声で」に傍点]断言すると、忠告者の手を振り払い、その魔道師の所へつかつかつかっと歩み寄っていった。
「ちょっとっ! あんたっ! 何で笑ったのよっ!」
「可笑
《おか》しかったからさ」
「な、何が可笑しかったって言うのよっ!」
「何もかも」
魔道師はそっけない口を利
《き》くと、またぽりぽりとキュウリを齧った。
「何もかも──ですってぇ!?」
「うるさい。ぎゃーぎゃー耳許
《みみもと》で喚
《わめ》くな。酒と飯
《めし》が不味
《まず》くなる」
「よ──よ、よ、よくも、この、この、ぶ、無礼者っ!!」
パンッ──
辺りは一瞬、しん……と息を呑んだ。
元王女の平手が、魔道師の左頬
《ひだりほお》で炸裂
《さくれつ》したのだ。
「お黙りなさいっ!」
ロココは瑠璃色
《るりいろ》の瞳を爛々
《らんらん》と輝かせて叫んだ。
「よくも、よくもあたしを侮辱
《ぶじょく》したわね!? 国さえ滅びてなかったら、あんたなんか、あんたなんか、水牢
《みずろう》に放り込んでやるのに!! いいこと、覚えてらっしゃい、あたしが王国を復興して最初にやることは、あんたを牢屋
《ろうや》にぶち込むことよっ!!」
彼女の王女らしからぬ言葉遣いでの宣告に、魔道師は細い両目を更にすうっと細め、ふん、と鼻を鳴らした。
「にせ
[#「にせ」に傍点]王女に払う敬意は持ち合わせていないな。俺を怒らせる前に、とっとと向こうへ消えろ」
「に、にせ
[#「にせ」に傍点]王女ですって!? い、言うに事欠いて、この、このあたしを……」
「本当の王女なら」
余りのことに言葉も碌
《ろく》に出ないロココを見上げて、その魔道師は冷ややかに告げた。
「自分が王女でござい、なんて軽々しく口にするわけがないな。それもリナ王国の、と言えば、内乱で滅びた国だろうが。内乱を起こした奴らが、逃げ延
《の》びた王族を狙って今も各地を探し回ってないとも限らないってのに、そんなに簡単に自分の身分をべらべら喋って回るような考えなしの間抜けな王女サマが、居て堪
《たま》るかってんだ。もし仮に俺がそういう追っ手だったとしたら、お前、明日
《あす》には死体になって町中に転がってるだろうよ。……ま、にせ
[#「にせ」に傍点]王女に言ってみたって始まらんな」
「あ──あんた!」
ロココは矢庭
《やにわ》に剣の柄
《つか》に手を掛けた。
「叛徒
《はんと》の手先なの!? 道理であたしに無礼な口を利
《き》く筈だわっ!!」
「……おい、人の話はきちんと聞け」
さりげなく両手の指同士を複雑な形に絡み合わせながら、魔道師は呆れたように言った。
「もし仮にそうだったら、と言ったろうが。本っ当にどうしようもない奴だな、お前は」
「ええいっ、問答無用っ!!」
拙
《まず》い、と誰もが思った。魔道師は既にいち早く指を組み合わせて印
《いん》を結び、魔法を掛ける態勢を調
《ととの》え切っている。逆上したロココは、それを知ってか知らずか、剣を抜き放ったのである。
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