「冗談じゃあねえぞっ!!」
 叫んで、石田歳三《いしだ としみつ》は立ち上がった。
「俺ァ、金輪際お断わりだっ! 何が悲しゅーてそんな仕事《ミッション》を引き受けにゃならねえんだ!!」
「歳さん、歳さん」
 月代惣次郎《つきしろ そうじろう》は、その童顔に困ったような笑みを浮かべた。
「仕方ないでしょう。ぼくらは今仕事がないんですよ。このままじゃ、此処の家賃が払えなくなるのは時間の問題です。――それに『そんな仕事《ミッション》』って、ぼく、まだどんな仕事 《ミッション》かも言ってませんけど」
「依頼人《クライアント》が気に食わねえっ」
 歳三はぐいっと口をへの字に曲げる。
「惣次郎っ、てめえ、どうしていつもいつもロクでもねえ仕事《ミッション》ばっか取ってくるんだよっ。もちっと選べねえのかっ?」
「選べるほど名は売れてませんからね、ぼくらは。……ああ、ありがとう、虎徹
 惣次郎はグレープフルーツジュースを運んできた雑用ロボットに笑顔で礼を言い、愛用の白いマグカップ――ペンギンの親子の絵が付いている――に口をつけた。
「第十四ブロック界隈じゃ多少認められつつあるみたいですけど――仕事人《ランナー》ネットで時々ぼくらの名前見かけますから――それでも、数いる仕事人《ランナー》の中で仕事《ミッション》を選り好み出来るような、派手な実績は上げてませんから」
「そりゃ……まあ……ふたりで組んで売り出してからはな……」
 床を滑るように去ってゆく雑用ロボットのずんぐりとした円筒形のボディを見やりながら椅子に腰を戻した歳三は、不承不承といった感じで頷いた。
「ぼくらはまだ、組んで半年。殊に、ぼくはこっちじゃあ前歴《まえ》がないに等しいから」
「馬鹿野郎。お前の実力が俺なんかよりずっと上だってこたぁ、わかってる」
 歳三は、いささかきついほどに形の整った唇をふっと緩めた。いつもは厳しい彼の表情が一転して和らいで見えるのは、そういう時であった。
「だから、俺たちの通り名《ランナーネーム》を“ムーンストーン”にしたんじゃねえか――“月《ムーン》”が先なんだよ、月代惣次郎」
 仕事人《ランナー》――それは、この二十二世紀末の爛熟した世界の陰の部分を走り抜ける存在の呼び名である。
 その殆どは、市民ファイルコードを持たぬ戸籍上の“死者”である。彼らが市民ファイルコードの代わりに持っているものは、平凡且つ平和に日を送る一般市民には余り縁のない特殊技能――勿論、その技能は各人各様である。銃火器や刀剣類の扱い方を熟知している者、体のあちこちに機械類を埋め込んでいる者、超能力を駆使する者、コンピュータネットワークにダイビングしてネットの海を自在に泳ぎ回る者、エトセトラエトセトラ……複数の技能に秀でている者もいる。彼らは、その特殊能力を生かして、普通の人々には困難極まる危険な仕事を請け負いこなし、高額の報酬を得ることで、生計を立てているのだ。
 仕事の内容は、彼らが“死者”であるが故の自由を所持しているせいか、一様ではない。法で裁くことの出来ぬ不正義を討つこともあれば、後ろ暗い仕事《ミッション》もある。全ては依頼人《クライアント》次第、善とも悪とも呼べぬプロフェッショナル――それが仕事人《ランナー》という存在なのである。
「――と、は、いえ、だ、惣次郎っ! よりによってどーして依頼人《クライアント》が亮子のヤローなんて仕事《ミッション》を取ってくるんだ!? あいつと組むならまだしも、何であいつの下で[#「下で」に傍点]動かにゃならねえんだっ!?」
「報酬はひとり頭六〇〇万ダラーですけど」
 歳三は言葉を詰まらせた。
 六〇〇万ダラー――軍事産業の大手ランクプロット社の超小型宇宙戦闘機の最新鋭モデルLP−SZM−45が一台買える値段――もし普通に慎ましく暮らすなら何十年かは楽に生活出来る金額――つまり、一回の仕事《ミッション》に払うには破格過ぎると言って良い報酬額である。
「当たりもしない宝クジ買い込むよりずっと確実ですよ、歳さん」
 にこにこしながら追い討ちをかけられて、歳三はうっと呻いた。
「どうします? ちなみにリョーさんは『嫌なら断わってもいい』って言ってました。結構危ない仕事《ミッション》になりそうな気がするんだそうですよ。リョーさんの勘は必ず的中しますからね」
 あくまでにこにこしながら、惣次郎はグレープフルーツジュースを飲み干した。
 歳三は考え込んでしまった。仕事人《ランナー》たるもの、危険を恐れていてはどんな仕事《ミッション》も出来はしないが、かと言って、無用の危険を好むほど愚かなことはない。依頼の仕事《ミッション》――まだ聞きもしていない――の危険度の高さは、依頼人《クライアント》である“ブライティ”こと諸葛亮子《もろくず りょうこ》の提示してきた報酬の高さからも充分に推し量れる……
「……依頼の内容は?」
「あ、聞く気になったんだ、歳さん」
「るせー。いいから教えろ。それから決めらあ」
 石田歳三はふんと鼻を鳴らして高々と足を組むと、月代惣次郎の差し出したディスクチップを机上の端末に放り込んだ。キーをタタタンと手早く操作し、ディスプレイ上に文書を読み込み表示させる。
「……ブロック解除のパスワードは?」
「ああ、そうだった」
 ディスプレイの上に並んだ意味のない言葉の羅列を見て、惣次郎は苦笑した。文書は、機密保持の為に暗号化のブロックをかけられていたのだ。
「確かリョーさん、手帳に流し込んでくれてたっけ、ちょっと待って……」
 惣次郎は、黒みがかった赤いレザージャケットの内ポケットから、カード型の電子手帳を取り出した。ニ、三のキー操作で液晶画面に情報を呼び出す。
「……これですね。くす、リョーさんらしいや」
 忍び笑う惣次郎の手許を横から覗いた歳三は絶句した。
 “依頼人《クライアント》が気に食わねえ”……。
「……ったく亮子のヤロォー、にこりともしねえくせしてっ」
 ぶつぶつ言いながら歳三が端末にパスワードを入力すると、画面がフラッシュクリアされて、新しい文章が表示された。
 歳三と惣次郎は、現われた文面を覗き込んだ。
 暫くは、ふたり共無言であった。
 やがて――
 彼らは顔を見合わせた。
「……」
「……どうします?」
「……どうしますって、お前……」
 歳三はちらりとディスプレイを見やり、腕組みをした。
「これの何処が、六〇〇万ダラーも払う仕事《ミッション》なんだ?」
「調査、ですね」
「自分の依頼人《クライアント》の裏を取ってくれって……何でそんなことに六〇〇万も出そうってんだ、亮子のヤローは?」
 歳三は唸っていたが、ため息と共に肩を揺らした。
「……しょうがねえ、この仕事《ミッション》、請けよう。相当ヤバいかもしれんが、放《ほ》っとくわけにもいかねえからな」
 余りに簡単に過ぎる仕事《ミッション》に破格の報酬を払うほど、依頼人《りょうこ》は甘くない。恐らく、一見たいしたこともなさそうな裏に、何かがある。歳三はそう判断したのだ。
 惣次郎はにっこりと微笑んだ。
「歳さんは優しいなあ」
 口ではどーのこーのと言っているが、歳三は依頼人《りょうこ》を嫌っているわけではない。衝突はするが、信頼もしているし、多分、ちょっと特別な感情も持っている。相棒として組んで半年間彼を見てきた惣次郎には、ちゃあんとその辺はわかっていた。
「馬鹿野郎、放《ほ》っとけねーのは六〇〇万ダラーの方だっ」
「苦しい言い訳」
 言いざま惣次郎は立ち上がり、空のマグカップと共にキッチンへ逃亡した。反論の叫びが追いかけてくるのを、背中で笑いながら。



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