交換日記ブログ「里の茶店 万年貸切部屋」の中から、
里長・野間みつねの投稿のみを移植したブログ。
2008年6月以降の記事から、大半を拾ってきてあります。
 

「小説連載と関連コメント」のブログ記事(古→新)

 ども、野間みつね@予約投稿です。
 これがオープンになる日は、10月1日の予定。いやー、月も替わりましたが、と言っておくべきなんでしょうか(苦笑)。

 さてさて。
 今回の第五回で、ノーマン君(この時点で既に27歳なのに、何故か「君」と呼びたくなる(笑))の後輩──外伝「清水の記」で既に書いたことなので敢えて説明しておきますが、前回解説した“入隊一年前の見習”としてノーマン君の下に専属で付けられたことが縁で親しくなったという経緯を持つ──タリーさんが登場、これで、この「レーナから来た青年」の主要な登場者が概ね(……全て、ではありません(汗))出揃います。
 もお……これだけの面々が一堂に会するとなると、“マーナ・オールスターキャスト”と言っても過言ではありません(笑)。
 作者自身も、まさかこれだけの面々が集まってくるとは、書き始める前には予想だにしていませんでした。……実は、もっと(作者にとって)吃驚する展開が後半に出てはくるのですが、今の段階でも十二分に、作者は悲鳴をあげておりました(汗)。何故なら、これだけの人物達が出てきて、この後が短く纏まるわけがないからです(爆死)。

 なお、「容易に腹の底を見せない人間、特にケーデルのような、目の前で悪し様に罵られても腹の中に押し込めて平然と笑顔で受け流すような男は大嫌いだと本人の面前で堂々公言してのける」とゆー表記は、本伝2巻「20. 祝宴・人模様」での出来事を踏まえております(おお、リンク先の抜粋ページに、まさにその場面がアリマスわ(汗))。……まぁ、ノーマン君の場合、あの時に限らず、何処でだって──それこそ、王の目の前でだって(爆)──ケーデル様に対する態度が変わるわけではないのですが(笑)。本伝3巻「26. 咲くは赤き花、蕾むは黒き花」でも、他ならぬケーデル様が微笑と共に仰せになっています。「ノーマン近衛副長は、裏表のない御仁ですから」と(苦笑)。

 それでは、今回はこの辺で。


「何と言うか、此処、矢鱈と注目の的になってますよ。特に御婦人方など、ガダリカナそっちのけで、『まぁ、ほら御覧になって、あのノーマン様とあのケーデル様が御一緒よ、何が起こるかしら』なんて、うずうず、わくわく、しておいでです」
 ガダリカナは元々、対になって踊る剣舞から発達した舞踏。現在演奏されているカーリダー・ガダリカナの他にも、デラクロア・ガダリカナ、メーザンス・ガダリカナなど幾つかの種類があるが、いずれも概してテンポが速く、素早さを要求される激しい動きと難しい足捌きとが特徴で、別名“倒れ込み曲”と呼ばれている。貴婦人方が「ああ、わたくし、もう、踊れませんわぁ……」とお目当ての男性の腕の中に倒れ込むのにぴったりの“踊り切れなくて当たり前”の舞曲だからであるが、その恰好の機会をふいにするほどこちらの様子が気になってしまって、結局踊りに参加しなかった貴婦人方が少なくない、ということらしい。
「……大したものだ」
 ケーデルが低く呟く。白皙の頬には苦笑が刻まれ、わずかに赤みが射している。
「私の考えていたよりも他に、更に目論見があったとは……本当に、そこまでの効果を計算の上だったのか……もしもそうなら、なかなか機転の利く青年だな……」
 殆ど独り言に近い台詞であったが、流石のケーデル嫌いのノーマンも、遂に関心に負け、訊き返さずにはおれなかった。
「機転が利く? どの辺が」
「彼は他国の人間で、しかも、マーナに使節としてやってきたのは初めてです。恐らく、マーナの文武百官の間柄を事前に詳しく知っていたわけではない筈。此処からは、彼が事前に我々の間柄については知らなかったものとして話を進めますが、今し方初めて知った情報を素早く整理し、咄嗟にそこまでの効果を計算して行動に移せるということは、かなり機転の利く人間と見て良いでしょう」
「効果……計算?」
「ええ。……あの青年についてミン殿が仰せになった、“恰好良いところだけでなく恰好悪いところも見せて、他人の目に映る自分の姿の平衡を保とうとしているのでは”という見立ては、多分、正しいと思います。……但し、その“恰好悪い”姿を見せたいと思った相手は、極端に言えば、我々だけ。……そして、思い返してみれば、彼は、『踊り切れなくなったら、すぐにこちらへ戻って、デフィラ嬢をお返しします』と言った。……此処へ戻る、と言われたからこそ、副長閣下は、此処に留まられたわけでしょう? 私がいると、後から気付いてさえも」
 ノーマンは、相手の語る言葉の意味をじっと考え──
 そして不意に、あっと大声をあげた。
「──あぁあの野郎、他の女どもに自分の恰好悪い姿をなるべく見られんよう、こっちに目が集まるよう仕組んだってのかっ!」
「身も蓋もない」
 ケーデルは珍しく声たてて笑った。──偶然を装って“通りすがった”貴婦人とその侍女達が、吃驚したような目を向けてゆく。


ガダリカナのテンポは……

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 第六回は、強調傍点だらけの回になりました(苦笑)。

 今回のちょこっと解説は、以前詳細説明を省いた、ガダリカナについてです。

 ガダリカナ : この物語に限らず、作品世界で全体的に頻出する舞曲(笑)。そのテンポは、そーですね、ハチャトゥリアンの「剣の舞」レベルだとお考えください。今回の話では名前だけが出てくるメーザンス・ガダリカナの場合は、ショスタコーヴィチの「民族舞曲」(私が知っているのは吹奏楽曲に編曲された物)の方が(テンポがアップになってゆく点で)イメージに近いかも、ですけど。……なお、カーリダー・ガダリカナは、この物語の時点でのレーナの都カージャがあるカーリダー地方で、デラクロア・ガダリカナは、マーナの都デラビダがあるデラクロア地方で、メーザンス・ガダリカナは、北方の寒冷地であるメーザンス地方で、それぞれ発達したガダリカナです。

 ……実際の剣闘であれば小休止などで息を整える暇もありましょうが、踊りの方は然《さ》に非ず、目まぐるしく激しい動きが延々と続くので、武官ならば誰でも踊り通せるという単純なもんでもないようです(笑)。

 なお、作者、その昔、「剣の舞」や「民族舞曲」を流しながら、くるくる回ったり跳びはねたり体を入れ替えたり(……以上、全て、「出来る限り素早く」が付いてます(汗))のアヤシイ&テキトー踊りを踊ってみたことが何度かありますが、間違いなく“倒れ込み”組です(苦笑)。

 それでは、今回は短いですが、また次回。


「ですが、恐らくその通りではないかと、私は見ています。このような宴席でのガダリカナとなれば、副長閣下がデフィラ一等士官をお誘いするのは、ほぼ間違いないこと。であれば、デフィラ一等士官が私の所に来ている時にガダリカナが始まれば、如何に私に近寄りたくない副長閣下であっても、必然的に自ら私の近くへ訪れることになる。……無論、普段ならば、私ひとりが此処に残されて終わりです。けれども、もし、副長閣下よりも先に、自分と踊ってくれとデフィラ一等士官に申し入れる誰かがいたとしたら? そしてその“誰か”が、おいそれとは断わりにくい、他国からの使節だったら? 取り残されるのは、諸人から面白おかしく不仲を噂されている閣下と私という、このような席では滅多と見られぬ組み合わせのふたりというわけです。異国の長老候補に関心を持って何げなしに目で追っていた御婦人方も、思わずこちらに関心を移したことでしょう。ちょっとした揉め事が近過ぎない場所で起こるかもしれないという状況の方が、刺激を求める御婦人方には、より魅力的ですからね。……マーナの人間ならば、ガダリカナが流れ始めた時に副長閣下とデフィラ一等士官の間に割って入ろうなど、考えも付かない。他国の者だからこそ思い付けた、大胆な策です」
「しかし、咄嗟にそこまで考えが回るものですかねえ。かの軍略家ナドマ老の私塾出身であるケーデル一等上士官ならいさ知らず」
 タリーが、感心したような呆れたような嘆息を洩らす。ケーデルは小さく肩をすくめた。
「……私は、他国にもケーデル・フェグラムがいるかもしれない、という可能性は、常に頭の片隅に置いていますよ」
「貴様のような奴がふたりも三人もいてたまるかっ」
 思わず毒づいたノーマンの台詞に、ケーデルは真顔で頷く。
「私も、そう望んでいます。……私は、あの青年は恐らく、『今日の自分は何だか目立ってしまってますけど、これこの通り恰好悪い姿だってちゃんとある、人畜無害な人間なんですよ、だから余り警戒しないでくださいね』と我々三名に示すことを目論んでいるのだろうな、と思っていました。それは多分それほど間違った見方ではないだろうと、今でも思っています。……勿論、彼は、最初からそうするつもりで機会を窺っていたわけではないでしょう。デフィラ一等士官が私の所へお見えになったのは偶然、その時にガダリカナが始まったのも偶然。但し、その偶然の重なりを好機として素早く捉えた辺り、只者ではない。……何度も言うように推測に過ぎませんが、恐らく、宴席を経巡る間に、我々三名についての噂を耳にし、その中で、副長閣下とデフィラ一等士官とのガダリカナが素晴らしいという話ばかりでなく、閣下と私との間柄がお世辞にも友好的とは見られていないことまでをも聞き知ったのでしょう。……閣下は二十代で既に近衛副長にまで昇進しているマーナ随一の剣士《リラニー》、順当に行けば、そう遠くない将来には近衛隊長。デフィラ一等士官も、将軍職昇進を目前にして一旦大失脚したものの、わずか四年で一等士官にまで返り咲いているほど有能な年若い武官。私は……まあ、此処に集うデラビダの貴婦人方から聞いた噂が情報源の中心なら、相手がどう考えたかは概ね推察出来ます。つまり、彼は、宴席の御婦人方の目を閣下と私の方に向けさせて自分の“恰好悪い”姿を見られる相手を減らすと同時に、先々マーナの国内で無視出来ぬ重要な立場に立つことになるであろうと目した我々三名に対して、レーナの長老候補である自分の存在を、なるべく警戒感は抜きで印象付けておきたい、そう考えたのではないでしょうか」


 どもども、野間みつね@予約投稿です。

 ……ま、此処までは頑張って入れておかないと、平日には更新出来ませんからね(汗)。

 さて、第七回でも、ケーデル様の怒濤の解説喋りが続きます(爆)。
 とはいえ、これ、実は、本伝を御存じない読者への情報提供も兼ねているのであります、身も蓋もない話ですが。
 ノーマン君が、わずか二十代で近衛副長になっている優れた剣士であること。デフィラさんが、一度は凄まじい失脚を強いられたにも拘らず物凄いスピードで返り咲きを果たしつつある年若い有能な女性武人であること。……ケーデル様の語りの中から最低限これだけ読み取っていただければ、この物語を追うに当たって支障はありません。
 蛇足ながら付け足しておきますと、これまでに登場している人物達のこの時点での年齢は、以下の順になります(満年齢。皆さん、まだ誕生日前です)。

   ララド(36)>ミン(28)>ノーマン(27)>タリー(26)>デフィラ(25)>ケーデル(21)>ソフィア(16)

 ……誰か抜けてないか? と思われた方、諸事情によりわざと抜いているので、無視してやってくださいませ(汗)。

 この当時の人々の平均寿命は、戦を考えずに済むなら、概ね70歳ぐらいということになっとります。
 なので、皆さん、まーだ、若い若い(笑)。
 ……ああ、若い頃って、皆、いいなぁ……などと感慨に耽る作者なのでありました。特に主人公その弐の御方の将来を思うと、はぁあ、何だかんだ言っても幸せだよなぁ、今は……などとため息が洩れてしまいます。
 でも、それって結局、作者が(略)
 作者に愛されることは不幸の烙印を押されるも同然とゆー格言が、古くから千美生の里にはありまして(以下略)

 タリーさんの台詞に出てくる「かの軍略家ナドマ老の私塾」については、次回の連載の中で多少語ってありますので、明日以降に御説明する予定です。

 それでは、また次回。


 諸刃の剣《つるぎ》ですけれどね、とケーデルは付け足した。
「そうと計算しての振舞と我々に見抜かれてしまったら、年若いながら油断ならない男としての印象が強烈に残る。……いや、どう転んでもいいかと割り切っているのか、或いは、我々が見抜けるかどうかと試しているのか」
「……それではまるで、ケーデル一等上士官のような青年だ、とも言えますかね。褒め言葉ですよ」
 ミン同様に席には着かず、ノーマンの傍らに立ったままでいるタリーは、のんびりとした風情で杯を傾ける。
「あ、順調に脱落したようです。良かったですねえ、副長」
「何がいいんだ。──人を虚仮《こけ》にしやがって、あの野郎」
 ノーマンは、紫がかった黒い瞳に浮かぶ腹立ちの色を隠そうともせず、ひと息でメリア酒を呑み干す。ケーデルは微苦笑を刻むと、小さくかぶりを振った。
「そう立腹なさらずとも、多分、彼は私よりは遙かに陽性で善良な気質の持ち主ですよ。頭の回りは速くとも、それを使って人を致命的な罠に陥れるほど極悪非道にはなれない。ですから、むしろ、タリー一等近衛に近い御仁ではないかなと、私は感じます。レーナにとって惜しむらくは、タリー一等近衛の域には未だ達していないようですが」
 タリーは目をしばたいた。
「……それ、私が褒められているんでしょうか」
「ええ。タリー一等近衛は、彼よりも一層自然に、怜悧さを周囲に隠しておいでです。良い意味で。ですから、余人に無用の警戒感を惹起させない」
 ケーデルは、こちらへ戻ってくる男女──気の毒なほど息を切らしているレーナの長老候補と、息ひとつ乱していない女性武人とに、静かに視線を当てた。
「ただ、彼が我々の知る誰に似ているかを考えても、余り意味はないでしょう。彼は、彼以外の何者でもない。少なくとも私は覚えておくことにしますよ、ソフィア・レグという人物。……レーナでの長老職は、宰相や主席将軍と並ぶ、国王の相談役のひとりです。我がマーナの長老職よりも、国政に参与する度合が大きい。その地位に将来座ることを予定されている青年であれば、覚えておいて損はない」
「……改めてそう言われてみれば、並み居る導者達を差し置いて十代半ばで長老候補に指名されたとは、ケーデル一等上士官も顔負けの大抜擢ですね」
 マーナでは夙に知られていることだが、ケーデル・フェグラムは、今を去ること二年前、将来の逸材を求めて高名な軍略家ナドマ老の私塾へ自ら赴いたマーナ王ララドの眼鏡に適い、十九歳の若さでマーナへ招かれた青年なのである。
「まさに。たった九人の塾生の中から選ばれた私など足下にも及ばない大・大抜擢ですよ」
 タリーの言葉にケーデルが苦笑したところへ、噂の長老候補は戻ってきた。まだ息は荒いが、口を利ける程度には快復しているようで、照れ臭そうな笑顔を円卓の面々に向けると、軽く頭を下げて口を開いた。
「お見苦しい姿をお見せしてしまって、失礼しました……でも、マーナに名だたる武家の名門セドリック家、その本家の実質的な当主でいらっしゃるデフィラ嬢と、ひと時なりとガダリカナを踊らせていただいたことは、私の一生の自慢、思い出になります。有難うございました」
「レーナ使節の一員として来た手前、恰好悪いところは余り諸人に見せたくなかったが、私と踊ってみたいという気持ちが、それに勝《まさ》ったそうだ。……それ以外の目論見とやらは、結局、話してはもらえなかったが。踊るだけで精一杯、喋るどころではなくなったのでな」
 デフィラが微笑する。


どっちが凄いかって(苦笑)

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 今回第八回では、抜擢の凄さ話に花が咲いていますが……
 実を言うと、これ、レーナの国内事情に疎いマーナの人間側から書かれている為に、こーゆー話になっているのであります。
 ソフィア君が長老候補に選ばれたのは、とある“超法規的な”理由があってのこと。この後の展開で、それを窺わせるような当人の台詞が出てきます。
 しかし、その理由は今後の本伝で明かされる予定なので、今は敢えて書きません……だから、さしも情報通のケーデル様も、只今の時点では御存じないという設定にされているという身も蓋もない説が(汗)。

 とはいえ、幾ら“超法規的な”理由からであっても、本来なら選ばれても良かった導者達を差し置いての抜擢は抜擢なので、凄いことに変わりはないのではありますが。

 あ、それから、此処まででちらちらと話題に上っている“軍略家ナドマ老の私塾”ですが、取り敢えず今回の物語を読むには、“何やらこの世界では有名な凄い軍略家が軍略などを教えている塾”とゆーイメージだけでも充分かとは思います(苦笑)。ただ、本伝では既に説明してある事柄でもあるので、御参考までに引用しておきます。

 戦国時代の中期──すなわちこの時代より何十年か前に、“大地の鷹”との異名で呼ばれ、何処の国にも仕えることなく放浪を続けた、ひとりの優れた軍略家がいた。その名を、ナドマ・ヴィラドー・リリ──この男が、やがて、齢《よわい》六十が近くなるに至って、自らが諸国を巡ってこれと思った少年達を、クデンの北の外れにあるリーズルという村に落ち着いて、軍略家として育成することを始めた。 〈中略〉 この私塾のことは、今のこの時点に於いてさえ、あのナドマ老が自ら選び自ら教えているということでかなりの知名度を有しており、したがって、そこで学ぶというのはすなわち掛値なしの知的エリートの証であった。
──『ティブラル・オーヴァ物語 2』 「17. 鷹の子」 41ページより

 そうそう、ケーデル様は今回「たった九人の塾生の中から選ばれた」と宣っておりますが、その「たった九人」が既にして、各地を歩いて回ったナドマ老の眼鏡に適った“選ばれた”子供達であった、とゆー点は、ケーデル様、話をややこしくしない為に無視してくれておるよーです。

 結論。
 ソフィア君も、ケーデル様も、どっちも凄いってことで(爆)。

 それでは、また次回。


「まあ、予想よりは、持ち堪えた方だと思う。武術の心得を持たぬ聖職者としては上出来だろう」
「子供の頃には、少しだけなら体術なども習っていたんですけど……鉄の防具を帯びることを禁じられる長老候補に任じられてからは、馬に乗るぐらいしかしてませんから、体が鈍る一方です。……ええと、そう言えば、いつの間にか人がおひと方増えてますが、もし良ければ御紹介いただけませんか」
 視線を向けられたタリー・ロファは、かすかに緑みを帯びた灰色の瞳に温和な笑みを湛えて一揖した。
「此処においでの皆様方にわざわざ御紹介いただくほどの者ではありません。マーナ近衛隊第二中隊所属、タリー・リン・ロファと申します。階級は一等近衛」
「一等近衛……そうですか、随分とお若く見えるのに、かの高名な“黒の部隊《ディーリー・ナーナ》”で一等近衛に任じられているということは、隊内でも指折りの実力をお持ちなのですね。私は、ソフィア・カデラ・レグ、レーナの長老候補です。宜しくお見知りおきください」
「……奇妙ですね、長老候補ソフィア」
 相手が戻ってきてからはずっと黙っていたケーデルが、つと、意味ありげな微笑みを浮かべて口を開く。
「貴殿にとっては、この場で新たに紹介してもらわねばならない者は、タリー一等近衛だけ、ですか」
「え?」
 ソフィア青年は怪訝な顔をし、不意の発言者を見返した。
「貴人の侍者と一見してわかるミン殿ならまだしも……貴殿に名乗った覚えもない私が、貴殿にとっては紹介してもらわずとも良い相手であるというのは、実に奇妙なことだと感じられるのですが。無論、私の存在など眼中にないというのであれば話は別です」
「ええっと……いえ、これは失礼しました、貴殿のことは既に、皆様の噂を聞いて、あれが高名なナドマ老の塾を出たというケーデル・フェグラム殿かと拝見しておりましたもので……皆様がお話しされていた通り、クード風のお召し物を身に纏っておいででしたし」
 クードとは、彼らのような“大地の民”よりも北方に住む狩猟民族が冬場に着用する、丁度、埃よけ付きコートのような形の服である。元々のクードは寒さを遮る目的の為に相当ごついが、ケーデル青年のクードはその形を真似て仕立てられているだけの代物であり、異民族趣味の伊達な着こなしと言って世人に通る範囲の厚さ軽さであった。
「こう申しては何ですが、他の方とは形の異なるお召し物ですから、あの御仁かと見分けることは、さして困難でもありません」
「成程。では、私がケーデル・フェグラムだとわかっていたからこそ、此処へノーマン近衛副長を置き去りにして、人目を集めようと目論まれたわけですか」
「うえっ?」
 それまで基本的に動揺の色を一切見せなかったソフィア青年の顔に、ぎくっとしたような色が初めてよぎる。
「……参ったな、そこまで見抜かれていましたか。流石はナドマ老の塾で学ばれていた方だ。改めまして、大変失礼を致しました」
 ソフィア青年がそう言って一礼した時だった。
 不意に、広間で、ざわめきが波打った。
 真っ先に気付いたのは、広間の方を向いて立っていたタリー・ロファだった。ハッと居住まいを正し、軽く上官の腕を叩く。上官たるノーマン・ノーラは何事かと広間の方に目を遣ったが、半ば跳び上がるように立ち上がると、これまた居住まいを正した。ケーデル・フェグラムでさえ、一瞬遅れてざわめきの原因に気付くと、素早く席を立って姿勢を正した。気付いても一番恬淡としていたのはデフィラ・セドリックであったが、それでも体の向きを変え、近付いてきたその人物に対して非礼にならぬよう正対した。無論のこと、彼女の侍者に過ぎないミンは、最初から素早く跪き、目立たぬようにしている。


余談の方が長いです(苦笑)

 ども、野間みつね@予約投稿です。

 さてさて、第九回。
 何げない情報ですが、此処で、長老候補(聖職者)が「鉄の防具を帯びることを禁じられる」という話が出ております。
 これって、ソフィア君が本伝の何処に登場しているか、重大なヒントですね(大苦笑)。

 んで、いきなり余談なんですが(苦笑)、私が俳優の谷原章介さんに惹かれたきっかけは、今迄にも何度か何処かで書いている気がしますが、彼が、「ケーデル様の声とサラ=フィンク君の容貌を持っている」という、私にとって驚きのお人だったことです(苦笑)。
 無論、谷原さんは、演じる役柄によって声の使い分けをなさる方です。なので、私が「ケーデル様と同じ声」と言う時には、ぶっちゃけた話、『新選組!』の伊東甲子太郎役で聞かせてくれた、胸郭に響かせるような低い、しかも涼やかなお声のことを指しております。
 これまで自分の想像の中でしか聞いたことのなかった声がいきなりテレビから聞こえてきた時の衝撃と言ったら、それはもう(苦笑)。
 なんで、将来何かの間違いで天地が引っくり返って『ティブラル・オーヴァ物語』がラジオドラマか何かになるとしても(うわ、あり得ねーって(汗))、ケーデル様の配役は、谷原さん以外認めませーん(笑)。

 そんな次第ですから、ケーデル様の台詞を読む時には、是非とも『新選組!』の伊東先生の声に脳内変換してお楽しみくださいませませ(爆)。

 それでは、また次回。


 ソフィア・レグ青年は、周囲の面々が急に示した態度にわずかに面食らったが、自分も広間の方を振り返ってみて、彼らの態度の理由を知った。
「──そのままで良い。膝を折る必要はない」
 そこには、機敏でありながら何処か悠然とした歩様でその場に歩み寄ってくる、マーナ王ララド・オーディルその人の姿があったのである。
「レーナの長老候補、ソフィア・レグと申したな。暫くそなたと話がしてみたい。良いか」
 前置きも何もなく単刀直入に申し入れられて、ソフィア青年は流石に驚いた様子であったが、それでも、傍目には、怯んだり臆したりしたようには見えなかった。動揺の色という点で見れば、先程ケーデル・フェグラムに対して見せたものの方が明らかに大きかった。
「はい、陛下がお望みとあらば」
「では来い。──ノーマン、デフィラ。宴の締めの舞踏で、デラクロア・ガダリカナを演奏させる。レーナをはじめとした他国の使節達に、そなた達のガダリカナを見せてやれ」
「──はっ」
「かしこまりました」
 命じられた二名が、右掌の手指を揃えて左肩下鎖骨辺りに当てる“武人の礼”で応じると、ララドは満足そうに頷き、「では、長老候補ソフィア」と促しつつ身を翻した。裏地に金糸が織り込まれたマイルコープ──何処《いずこ》の国でも、王位に在る者の証のひとつ──が、ふわりと踊った。
 場に残された面々は、期せずして殆ど同時に息をついた。
「……陛下も、かの青年の醸し出す非凡さにお目を留《と》められていた、ということか」
 ケーデル青年が半ば独り言のように呟く。
「それとも……」
「レーナは、マーナにとっては、いつ敵対してもおかしくない国。その国の将来の一端を担うかもしれぬ若者の為人《ひととなり》を知っておきたいと陛下がお考えになったとしても、至極当然だろう」
「レーナとは昨年、軍事拠点のノーパを一時占領されるという一件もありましたしね。まあ、その時の和睦でディープレ殿下がレーナ王に嫁がれてからは、こうして使節を迎え入れられる程度に平穏を保っていますが」
 デフィラとタリーの遣り取りに、ケーデルは更に低く独りごつ。
「……あのノーパ占領の一件は、和睦など申し出ずとも簡単に引っくり返せたのだが、今更言っても詮ないか……あの時、私に、閣議に出席出来るだけの地位と権限があればな……そろそろ、さりげなく出しゃばって主席将軍の作戦に口を挟み、強引にでも実績を作る時期が来つつあるのか……」
「何を小声でごちゃごちゃ吐かしてやがる。言いたいことがあるなら大声で言え、この青二才」
 ノーマンが突っ掛かったところへ、「お待たせしました」と若干尖り気味の声がして、暫く場を離れていたケーデルの侍者アルが戻ってきた。
 捧げ持つようにして運ばれてきた“食べ物”の大皿が卓上に置かれた、その瞬間──
 ノーマンばかりでなく、誰もが絶句した。
 その大皿の中では、赤辛子の粉で真っ赤に覆われた物体が、どろっとした濃い緑色の液体に、山盛りになるほど大量に沈められていたのである。液体のそちこちには、ぶよぶよっとした半透明の赤い物体も浮いており、その気味の悪さと来たら、半端ではなかった。
「……な、何だこれは」
「家鴨《あひる》と川魚の唐揚げでございます。臭みを消すのに赤辛子の粉を塗《まぶ》してあるとのことでございます」
「塗すなんて可愛いもんかこれがっ。地が見えんほど赤辛子ぶっ掛かってるじゃないかっ。それに何なんだ、この気味の悪い緑色の汁はっ」
「マデヒド汁《じる》でございます。赤いのは、マデヒドの目玉」
「げっ……」
 毒こそ持たぬが攻撃的なことで知られる蛇の名を耳にして、流石にノーマンも顔を引き攣らせる。


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